ちびじろにっき 6

 

 「すばるたん、みてみて! あっち、さいてる!」
加山の車から身を乗り出すようにして指を指す新次郎の肩を、昴は後ろからさりげなく、だがしっかりと押さえていた。
新次郎の小さな指の先を確認し、ジェミニも頬を紅潮させる。
晴天のワシントンの空に、ジェミニの赤い髪がなびいた。
「ワーオ! 本当だ! 日本のサクラ、本当にここにあったんだ! すごいや」
「写真で見たよりも大きいんだね」
眠り込んでいたサジータも起き出して興味津々の様子だ。

 昴は近づいてくるその光景に、なぜか胸が熱くなる。
桜など、幼い頃から何度も見ているし、今更どうと言う事はないと思っていた。
ただ新次郎が見たいというからつれてきただけで。
けれど、美しく咲き誇る桜を見ていたら、見慣れたはずのその光景がたまらなく恋しい。

 街路の両端に整然と林立している桜はどれも満開で、わずかな風に揺らされて時折ハラハラと花弁を散らせている。
行き交う人々もみな記念撮影をしたり、立ち止まっては淡い色彩の中でうっとりと花を眺めていた。
それぞれの車を降り、合流を果たしたシアターの面々も、ほかの観光客に混じって木の下を歩いた。
「すばるたん、きれーですねえ」
昴の手を握った新次郎は、口をぽかんとあけたまま熱心に上を見上げながら歩いている。
足元が疎かなせいで、歩くのも遅かったし何度も躓きそうになったが、しっかり手を握っているので、そのたびに昴が持ち上げてやっていた。
「うーん、やはりHANAMIはすばらしいね! みてごらんよ、この美しい景色!」
サニーサイドは満足げに頷いて、咲き誇る桜を賞賛した。
「花も確かにいいけどさあ、あたしゃ腹が減ったよ」
「リカもはらへった!!」
花より団子な面々は、さっそく桜に飽きてきたようだ。

 本来なら桜の下で宴会をするのだが、日本と違い、ここでは誰もそんな事をしていなかった。
強引にやってしまってもよかったのだが、みんな静かに楽しんでいるのに、自分達だけ騒ぐわけにもいかず、桜のよく見える近くの広場でピクニックとなった。
ジェミニは宣言どおり、分厚い牛肉の入ったステーキおにぎりを持ってきていたし、
ダイアナは新鮮な野菜をたっぷり使ったサンドイッチを持参していた。
「リカな、ドーナツたーっくさんもってきた!」
沢山というだけあり、後部のトランクからリカが引っ張り出してきたリュックサックには、隙間もないほどぎっしりとドーナツが詰まっている。
「いっしょにたべような、しんじろー!」
「しんじろーもいっぱいどーなつたべます!」
本当は、先に他のものを食べて欲しかった昴だったが、今日ばかりは見逃すことにした。
傍らではノコもドーナツの欠片を貰ってせっせと口に運んでいる。
リカが沢山食料を持ってきたので、今日は彼も命の心配がないのだろう。

 「あんたは何を持ってきたんだい?」
サジータは、昴の持っている黒い箱が気になっていた。
布の包みの中におさまっていたそれは、見たことのない形で、艶のある黒い色の四角く薄い箱が段重ねになっていた。
最上部の蓋には金で花の絵の描かれており、サジータには美しくも不思議な雰囲気の箱に思えた。
「これは重箱。まあ、宴会の時用弁当箱のような物だ。料理はホテルのシェフに頼んで作ってもらった物だから、純和風ではないけどね」
蓋を開けた重箱の中身は、様々な色彩に溢れた、魚、肉、野菜。
確かに和食以外のソテーやパテ、パンもあった。
「ヒュー! 豪華だね、どれ一口……あいた!」
伸ばした手をすかさずはたかれてサジータは口を尖らせる。
「箸で食べろ」
「箸なんか使えないよ!」
「じゃあ俺が見本を見せてやろう」
口を出してきたのは加山で、どこから取り出したのか自分用の箸を伸ばしてサジータの横から黒豆をつまむ。
「わー加山さん、さすがに上手だなー」
ジェミニは手を叩いて喜び、自分は持参したおにぎりをみんなに配って歩いた。
「ラチェット、君は何か作ってきたのかい?」
ジェミニから受け取った、ちょっといびつなおにぎりをもったまま、サニーは優秀な秘書に視線をやったが、普段は自信に溢れた彼女が、今はそっぽを向いていた。
あらぬ方を見ながら、ずいと大きな弁当箱をみんなの真ん中に置く。
「卵焼きを作ってきたの」
「どれどれ……」
「ちょっとサニー、開けないでよ!」
「へ? あけなきゃ食べられないじゃないか」
「いいのよ、箱を鑑賞して頂戴!」
「リカ、たまごやき食べる! いっただっきまーす!」
「きゃー! リカ!」
横から手を出したリカを、ラチェットが必死で押さえようとしたが無駄だった。
蓋は無情にも全開に。

 「おおおおー……」
思わず全員が声を出してしまった。
それ以上、何を言っていいかわからなかったのだ。
リカさえも、おー……、と呟いたきり黙った。
弁当箱の中は、黄色と茶色と黒いなにかが、渾然一体にまざりあい、ばらばらになった代物だった。
断じてたまごやきではない。
「すくらんえっくですね!」
大きな声で発言したのは新次郎だ。
「スクランブルエッグの事かい?」
「そうですそうです、すくらんぶるえっぐ。いただきまーす!」
「あっ」
昴とラチェットは同時に手を伸ばしたが、新次郎は箸で器用に茶色の一塊をつまむと、ぽいと口に入れてしまった。

 「ど、どうかしら……」
見守る一同を代表して、制作者が問いかける。
「なんだ、味見してないの?」
サニーが横から口を出すが誰も聞いていない。
「あまくっておいしいですよ」
けろっと答えた新次郎は、続けてどんどんラチェット作の「たまごやき」を食べた。
「そうかなるほど、砂糖を多くしたから焦げたんだな」
昴は笑い、自分もその卵焼きを食べる。

 遅れてきたプラムと杏里も到着し、ときおり思い出したように桜の花を観賞しつつ、一同はますますピクニックを楽しんだのだった。

 

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