ちびじろにっき 1

 

 しんじろーがいつもあそんでいるおにわは、おうちのてっぺんにあります。
おにわなんですけど、やねのうえにあるおにわです。
やねなんだけど、たいらです。にっぽんのおやねとちがいます。
おふろもあります。
しかくいたてものばっかりです。

 えっと、そのしかくいたてものの、いちばんうえの、たいらなおやねがおにわになってて、
そこであそんでたら、すばるたんがおむかえにきてくれて、
おかーたんにあわせてくれました。

 でっかいてれびに、おかーたんがうつってて、しんじろーはびっくりしました。
このてれびは、しってるひとがうつるてれびなんですって。
すばるたんのおうちのてれびには、しってるひとはうつりません。
ゆーめーなげーのーじんがうつるんです。

 おかーたんは、うんとおめかししてました。
しんくん、しんくん、っていって、にこにこしてました。
しんじろーは、いっぱいおはなしをしたかったのですが、
おかーたんはすぐに、またなっていっていなくなってしまいました。
しんじろーは、いつもはにっぽんだんじだからなかないんですけど、ちょっとないちゃいました。
おかーたんがそばにいるときは、ないちゃうと、いつもおかーたんが、よしよしってしてくれるんだけど、
おかーたんがいなかったので、すばるたんがしてくれました。
すばるたんの、よしよし、は、すごくやさしくってだいすき。

 

 昴は机の上に置かれたラクガキ帳を手に取った。
新次郎と交換日記をしていたのだ。
いつか、新次郎が元に戻った時、大事にとっておこうと思って。
ノートなどよりも、自由に書ける落書き帳を使っていた。
新次郎の書く言葉はとりとめがなく、話が前後している上に、今日のこと以外の出来事を書いている場合も多かった。
今回もそうだ。
先日母親である双葉と会えた時の事を、彼なりに一生懸命書き記していた。
一週間ほど前のことなのに、まるで昨日あったことのように書いてある。
ときおり鏡文字になっていたり、盛大に文字を間違っていたり。
それでも幼い子供とは思えない、きちんとした文章だった。

 昴はペンを取り、普段よりも一文字一文字丁寧に、大き目の文字で日記を書いた。
全文を平仮名で。カタカナも交えたが、上に必ず振り仮名をつけた。

 

 新次郎、お母さんに会えてよかったね。
僕も、君のお母さんに会えてとても楽しかった。
予想していたよりもずっと素敵な人だった。

 四角い建物は、ビルと言って、家とは少し違うんだよ。
日本でも都会に行けば四角い建物を見ることが出来る。
僕達が住んでいるのはホテル。
君の日本の家と違って、沢山の人が住んでいるだろう?

 いつか、新次郎がどんな家に住んでいたか教えてくれないか。
春にどんな花が咲いたか覚えている?
一緒に桜を見に行きたいね。

 

 そこまで書いて昴はペンを置いた。
一緒に桜を。
大きな彼と、以前そんな話をしたことがあった気がした。
思い出そうとすると、桃色の桜吹雪が脳裏を埋め、そこに愛しい男がにこにこと立っている幻が見えた。
「大河……」
不意に会いたさが募り、目頭が熱くなる。
そのせいで約束の詳細を思い出すことが出来なかった。
「君に会いたいよ……」
昴はノートを閉じると、寝室の扉を開けた。
安らかに眠る子供の前髪に優しく触れる。
「僕は贅沢だな……」
どちらの彼も愛しかった。
同じ人物なのだから当然なのだが、両方同時には手に入らない。
20歳の大河を心から愛していたが、早く元に戻ってくれと願う事は悪いことのように思えた。
「いつでもいいんだよ。僕は待っているから」
新次郎の額にキスをして、昴は静かに寝室をあとにした。

 

去年の5月ごろ書いた話です。

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あんまりにも時期外れになってしまったので……

 

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