遠くにありて 12

 

 結局、新次郎はそのままぐっすりと眠ってしまって、帰宅するタクシーの中でも目を覚まさなかった。
母に会えた安堵感からなのか、泣き疲れてしまったからなのか、昴には判断できない。

 新次郎と双葉を会わせてやった事が、果たして本当に良かったのかどうか、
昴には今になって後悔する部分もあった。
会えたと言ってもモニター越しだったし、いつでも気軽に通信できるわけでもない。
これから先、新次郎がますます故郷を恋しがるようになってしまうかもと、危惧していた。

 ベッドに彼を寝かせて、寄り添うように横になる。
かわいらしい寝顔を眺めていると自然に頬が緩んだ。
もう少ししたら夕飯の為に起こさなければならないけれど、まだ眠っていてもいいだろう。
優しく、新次郎の体をぽんぽんと、ゆっくり叩いてやりながら、昴は静かに歌を歌った。
「おどまぼんぎりぼんぎり……」
五木の子守唄は、マダムバタフライで何度か舞台の上でも歌った事のある歌だ。
「盆から先ゃおらんぞ……」
子守唄なのに、歌詞は暗く、内容もとても寂しい物だった。
奉公に出された娘が、家に帰りたがって嘆く歌。

 なのに昴はこの歌が好きだった。
歌ってやりながら、新次郎への愛しさが込み上げてくる。
昴は可能な限り優しく、愛をこめて、静かに歌い続けた。
子守唄は短く、すぐに終わってしまう。
「この曲が、自分の子供に向けて歌った物ではないからかな……」
子守が歌う歌だったからこそ、相応しく感じるのかもしれない。
今、昴は眠る新次郎に対して、自分でも信じられないほどの溢れる感情を抑えることができなかった。
彼が愛しくて、大切で、昂ぶって泣いてしまいそうだった。
たとえ仮ではあっても、この感情はまぎれもなく母のものだと、そう感じる。
「ゆっくりおやすみ」
昴は彼を起こさないようにベッドから立ち上がると、その額に優しくキスをしてからキッチンへと向かった。

 

 新次郎は昴のベッドの中で、素晴らしい夢を見ていた。
実の母である双葉と、仮の母である昴とが同時に傍にいてくれて、
代わる代わるだっこしてくれたり、頭を撫でてくれる夢だ。
嬉しくて抱きついて、二人に手を繋いでもらって紐育の街を歩いた。
「じゃあな、新くん、母とはしばらく会えないが、昴と仲良くするんだぞ」
双葉は昼間と同じようにあっさりそう言って、新次郎の頭を何度も撫でてくれる。
「はい……」
寂しかったけれど、昼間お別れした時よりも悲しくなかった。
昴にぴったりとくっついて、母に向かって手を振る。
今は会えなくても、また必ず会えると、もう知っていたから。

 

 「おや、起きたのかい?」
「すばるたん!」
ベッドから飛び降りて抱きついてきた新次郎を受け止めて、昴は笑った。
「どうした、元気がいいな」
「だって、おかーたんにあえたし、すばるたんもいてくれるし、あと、おなかすいた!」
「ふふ、わかったよ。じゃあすぐに夕飯にしようね」
昴は新次郎を抱き上げて、すでに準備してあった食卓へと向かった。

 

 「おはようございまーす!」
翌朝、新次郎は楽屋の扉を勢い良く開けて、居並ぶ面々を苦笑させた。
「でかい声だねえ」
「うふふ、元気いっぱいですね、大河さん」
「そうなんだ。夕べ寝すぎたせいかも」
昴も困ったように笑っている。
結局あのあと、たっぷり夕飯を食べてから、新次郎はまた爆睡してしまい、昴がどんなに揺り動かしても朝まで起きなかったのだ。

 リカと一緒になって、楽屋を跳ね回ってはしゃぐ新次郎の様子を眺めながら、昴はダイアナに近づく。
「ありがとうダイアナ。君が言ってくれなかったら、もしかしたら新次郎はホームシックになっていたかもしれない」
「そんな事はありません。ただちょっと……お母様が恋しかっただけで……」
「いいや、今日の元気な様子を見てあらためてわかった。やはりこの数日、あの子は寂しがっていたんだ」
いつもとかわらずに見えた新次郎だったが、今のはつらつとした様子が本来の彼だ。
「僕が気付かないことを、これからも助言してくれるかい?」
昴は少し照れくさそうにダイアナに視線をやる。
問われたダイアナの方は瞳を輝かせた。
「もちろんです! わたし、お役に立てて嬉しい。昴さんや、大河さんの……」
ずっと影ながら彼らを見守っていた彼女にとって、頼ってもらえる事はとても幸せな出来事だった。
そんな彼女に、新次郎が駆け寄ってきて抱きつく。
「だいあなたん! おかーたんにあわせてくれて、ありがとうございました!」
「まあ、うふふ、お母様にお会いできてよかったですね」
「はい!」

 新次郎を抱き上げたダイアナは、そのほっぺたの柔らかさを思う存分味わった。
自分の頬で。
周囲の羨ましそうな視線を浴びて、ダイアナにしては珍しく、みせびらかすようにますますほほを摺り寄せたのだった。

 

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ダイアナさんが活躍できなかった……。

 

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