遠くにありて 10

 

 昴は新次郎を連れてモニターのある部屋の扉をあけ、彼の背中を押してやる。
新次郎がおずおずと部屋に入って行った瞬間、
「新くん!!」
黄色い声が画面から。
「うわーおー! 新くん、本当に小さい……!」
「おかーたん!」
室内に入るまではドキドキしたようすだった新次郎だが、モニターに映る母を見ると駆け寄って顔を輝かせた。

 「新くん、もっとこっち、こっちきて、母に顔を良く見せろ」
「はあい」
新次郎は素直に従ってモニターの前に立ち、背伸びをして画面の縁に掴まった。
そんなに画面に近づいては、双葉の方からは何も見えなくなってしまう。
昴は小さな彼を抱き上げて、椅子に座らせてやった。
途端に双葉の顔が蕩けるように甘くなる。
「う〜ん、やっぱりかわいいなあ!」
「おかーたん、あのね、しんじろーはね」
新次郎は一生懸命喋っていた。
特に双葉の容姿についても気にしている様子はない。
「こーんなおっきいおふろがあってね、しんじろーは、いっつもさにーたんといっしょにはいってるんですよ」
「よかったなあ、母も一緒に入りたいぞ」
双葉は目尻を下げて、うんうんと頷く。
「でね、すばるたんちもね、すっごくおっきくってね、おるたーっていうおじいちゃんがいるんです」
「そうかそうか」
「しんじろーは、ばいくにのったり、いっぱいいちごをつぶしたりしたんですよ、こーやって……」
幼い彼が、身振り手振りで喋る様子を、双葉はただただ愛しい視線でもって眺めていた。
「すばるたんが、てつだってくれるんですよ、あさごはんもつくってくれるんです」
「母の代わりになってくれているのだな」
「そうです! おふとんもいっしょだし、おかーたんです」

 その様子を昴は一歩下がった場所で見守っていた。
予想していた親子の再会とはなんだかちょっと味わいが違っていたのだが、微笑ましくて笑みが漏れた。
「新くんは、昴が大好きなんだな」
「はい! おかーたんと、おんなじぐらい、だーいすき!」
はっきりとそう言って、新次郎は椅子を飛び降り昴にしがみつた。
「おっと……」
いきなり抱きつかれてよろめいたが、それでも昴は新次郎を抱きとめる。

 「よかったな新くん、母は時々こうやって新くんに会えるようにするから、新くんもがんばるんだぞ」
もう行ってしまうのかと、新次郎は画面の中の母を見つめた。
口を尖らせて、鼻を啜り、それでも泣かないように我慢しているのだ。
それを見て、昴は優しく微笑んだ。
さっき双葉と話したように、新次郎は小さいときの方が泣き虫じゃなかったのかもしれない。
けれど今ぐらいは泣いてもいいのに。
「昴、手間だろうけれど、新くんを頼む」
「手間だなんてとんでもない。彼のおかげで毎日楽しく過ごしている」
昴は心からそう言った。
本当に、新次郎のおかげで日々が充実していたし、暗かったホテルの部屋がずっと明るくなったように感じていた。
「新くん、昴と仲良くな、いい子にしてたら、またこうやって話せるから。あと、時々なら泣いていいんだぞ」
必死で泣くのを我慢している新次郎を見て、双葉は苦笑する。
「にほんだんじはなきません。うっく、ひっく……。すばるたんがいるもん……」
昴は足にしがみついて放さない新次郎を撫でてやった。
おそらく、モニターに映る双葉も、本当は頭を撫でて慰めてやりたいと思っているだろうから。
「今日は遠いところをわざわざありがとう」
「いや、こっちこそ、久しぶりにかわいい新くんを見られて嬉しかった。またな、新くん」
双葉は満足そうに胸を張り、新次郎に向けてウインクをした。
「またね、おかーたん……」

 通信は、プツン、と言う音と共にあっけなく切れた。
双葉はこういう時も実にあっさりしていた。
新次郎は昴の胸に顔を埋める。
「ふええ〜ん……」
ずっと我慢していた涙が零れ、盛大に泣き始めてしまった新次郎を抱き上げる。
「よしよし、またお母さんに会えるからね」
慰めてやって、背をなでてやる。
しばらく泣いていた新次郎だったが、段々としゃくりあげるのも落ち着いて、涙でぐしゃぐしゃになった顔を昴に向けた。
「すばるたん……」
「ん?」
「しんじろーはすばるたんがだいすきです」
「ふふ、ありがとう。僕も君が大好きだ」
小さくなってしまうまえからずっとそうなのだから、間違いない。
「おかーたんとおなじぐらいすき……」
さっきと双葉に言ったのと同じ事を言って、こてんと肩に顔を落とす。
「……ふたりともいたらいいのになあー」
「そうだね、でも僕はずっと一緒にいるから。……絶対だ。約束するよ」
昴の言葉に安心したのか、新次郎は昴の腕の中で泣きつかれて眠ってしまった。

 

 

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OVAでも実にあっさり帰ってしまった。

 

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