遠くにありて 9

 

 モニターに映し出されている女性を見ていると、昴は新次郎の事を自然に思い出す。
外見はそれほど似ていないが、魂の根源に、確かに息子である新次郎と共通する物があった。
この女性が彼の母なのだと思うと嬉しくて、さっきまでの緊張が嘘のように消え去っていく。

 「まず最初に、新次郎くんは、とても良い子ですね」
そう切り出すと、双葉は満足そうに頷く。
「そうだろうそうだろう。それになによりかわいいしな」
「ふふ、本当に」
昴も心から同意する。

 「新くんは、ちっちゃい頃から素直でな、それがそのまま大きく育って、母としても嬉しかったんだ」
「泣き虫なのも相変わらず、いえ、育った後の方が泣き虫かも……」
「そうそう、小さいときの方が意地っ張りだった!」

 新次郎が小さくなってしまった経緯や、今日までの彼の事について、
事務的に説明をするつもりだった。
それなのに、いつのまにか昴と双葉は、新次郎についての話題で盛り上がり、
完全に息子自慢大会のような様相になってきた。
双方の「息子」はもちろん同一人物であったから、頷き合いにも力が入る。
「うちに来てからもほとんど我侭を言わない。もしかして我慢しているのかと……」
「そんな事ない。新くんは、普段からそういう子なんだ」
双葉にあっさりそう言われ、昴の懸念ごとの一つが霧消した。

 ひとしきり喋った後、昴はふと画面の端に大人しく座っている人物に気が付いた。
ずっと映っていたのだが、それまで完全に忘れ去って視界から消えてしまっていた。 
大神司令が情けない表情で溜息をついている。
その様子にようやく気が付いた昴は、ここに来た本当の用件を思い出す。
「いつまでも僕だけ喋っていてはいけないな……」
「気にするな、私もついな。楽しかったぞ」
「今、息子さんを連れてきます」
昴はそう言って席を立つ。

 考えてみれば日本は夜中でもあったのだ。
あんまり彼女がはつらつとしているのですっかり失念していた。
しかも彼女達はついさっき栃木から帝都についたばかり。
ぐったりしている大神の方が正しい状態だといえよう。

 昼休みに近い時間だったので、新次郎はテラスに出て遊んでいた。
「新次郎」
「あ! すばるたん!」
声をかけるとすかさず駆け寄って足に抱きついてくる。
そのようすが愛しくてたまらず、昴は彼を抱き上げて頬を摺り寄せた。
「くすぐったいですようー」
「ふふ、ごめん」
謝罪してから新次郎のくりくりした目を見つめる。
「あのね新次郎、ちょっとだけだけど、お母さんとお話が出来るよ」
「え?!」
予想していなかったのか、新次郎は大きな目を一層大きくして固まった。
「おかーたん?!」
「うん。モニター越しにだけれどね」
「ほんとに!?」
「本当だよ。僕はさっき少しお話をしたんだ。優しいお母さんだね」

 ここまで言って、昴は突然気が付いた。
それまで気が付かなかったことが信じられないのだが。

 もしかしたら、双葉の容姿が新次郎の知っている彼女と大きく違っているかもしれない。
「おかーたん、あいたい。あいたいです、すばるたん……」
新次郎は初めて昴にそう訴え、ぎゅっとしがみ付いてきた。
「……そうだね、じゃあ一緒に行こう。おいで」
昴は頭を振った。
確かに、今の新次郎の中にある記憶の双葉は、今よりも16、7年ほど若いだろう。
けれども本物の母親なのだ。
どんなにどんなに昴が気を張って愛情をこめても、本物の母には敵わない。
さっき双葉に会って、今更ながら強くそう感じた。
彼女は真実母親だった。
強く、たくましく、そしてゆるぎない愛を持って新次郎を育てた。

 昴にはもう一つ、このまま新次郎を会わせても大丈夫だと思う理由があった。
彼女は息子がそうであるように、実際の年齢よりもかなり若く見える風だったから。
とても20歳の息子がいるようには見えなかった。
案外、新次郎の記憶の中の彼女とほとんど変わらないかもしれない。

昴は新次郎を降ろし、手を握ってやる。
見上げてくる新次郎の目は、期待と、ちょっとばかりの不安で輝いていた。

 

 

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昴さんといい年齢が読めない人が多い。

 

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