遠くにありて 8

 

 昴の所に連絡が届いたのは、大神が双葉を訪ねてから半日ほど経った頃だった。
サニーサイドが、めずらしく練習中の舞台に下りてきて、なにやら面白そうに昴を手招きする。
「昴、大河君の、例の件、返事が来たよ」
「そうか、どうだった?」
「それが、もう帝都でスタンバッてるんだって」
「はあ?!」
今、紐育は午前11時になったばかり。
日本では夜中の1時だ。

 「なんでも一刻も早く大河君に会いたいって、かけつけてくれたらしいんだよねえ」
「それは……ありがたいけれど……」
それにしてもすごい行動力だ。
大神司令がどのような頼み方をしたのかわからないが、大げさに伝わっているのではないか。

 昴はこのとき、まだ双葉をおしとやかな日本女性だと思い込んでいた。
だから、夜中にも関わらず息子の為に帝都までやってきてくれた母親に少々感動してもいた。
けれども同時に不安でもあった。
そんな風に大事にしている息子を子供に戻してしまい、
あまつさえその子が会いたがっているとなれば、日本に帰せと言われるのではないか。
「新次郎を会わせる前に、僕が先に会ってもかまわないだろうか」
「ああ、そう伝えたよ。大河君にはまだナイショにしてある」
「ありがとう」
最初に事情を説明しなおす必要があるかもしれないし、
息子と対面してもらうまえに、紐育で新次郎がきちんと生活していると安心させたい。

 

 通信用のキネマトロンの前に、昴はやや緊張して座る。
こんな風に体を硬くするのはめったにない事だったので、昴は己に苦笑する。
「大丈夫だ昴。彼女は新次郎の母親なんだぞ……」
自分に言い聞かせ、呼吸を整えた。
あの子を育てたのだから、悪い人物であるはずがない。
大きく深呼吸をしてからモニターのスイッチを入れる。

 

 「ここ、ここ押すんだろ?!」
「あ、勝手に触らないで下さいよ姉さん!」
「だってなかなか始まらないじゃないか」
「蒸気テレビじゃないんですから! あっちもスイッチを入れないと点かないんですよ!」
画面が現れた途端、そこに繰り広げられていた光景に昴は驚いてしまった。
大神司令は何度かここで目にした事がある。
と言う事は、その司令に向かって文句を言っている、あの女性が……」
「あ、映った! なんだ、映ってるじゃないか!」
その女性は気の強そうなきりりとした表情で、昴の目をまっすぐに射抜く。

 「始めまして、九条昴です。あなたは……」
「大河双葉だ。よろしくな!」
「……」
想像とまったく違う双葉の姿に昴はやや圧倒されていた。
彼女は白いブラウスをピシリと着こなし、自信たっぷりの笑顔を向けてくる。
まったく和風の女性ではない。
ついでに言うなら、口調はもっと日本女性らしくなかった。
大神よりも男性的であり、大河など彼女と比べたら実に女性的だ。
「おや? 新くんはどこだ?」
「新くん!?」
昴はつい繰り返してしまった。
なんとかわいらしい呼び方か。
「あ、いえ、ゴホン……。彼を連れてくる前に、少し僕から事情の説明をさせていただけたらと」
「ふーん、別にいいのに……、まあいいか、頼むぞ昴」
「はい」

 昴の表情に笑みが漏れた。
豪快な性格ながら、おおらかで優しい気性が見て取れたからだ。
新次郎を心から愛し、紐育へも喜んで送り出したのだろう。
彼女に育てられ、おおらかさだけは立派に引き継いだ新次郎を想う。
母の豪快さをフォローするように、息子は思い悩む性格になったのかもしれない。
双葉に出会って数分だったが、昴はこの女性に心からの尊敬の念を抱いた。

 

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