ちびじろにっき 7

 

 一通り食事が終わった後、昴は新次郎を連れて、桜が両脇に並ぶその街路を歩いた。
なんとなく、みんなから離れて二人だけで桜をみてみたくなった。
行き交う人々もみな、幸せそうに歩いている道を。
「綺麗だね、新次郎」
「はい!」
新次郎は始終ニコニコしながら、周りの人たちにも笑顔をむけていて、周囲もつい笑顔になってしまう。
紐育からはそんなに遠くないのに、陽気な紐育市民とは少し違い、ここはとても落ち着いた雰囲気だ。
「みてみてすばるたん、ここ」
新次郎はしゃがみこんで桜の下を指差す。
大きな桜の木の根元から、小さな枝が伸び、そこからいくつかの花が咲いていた。
「あかちゃんですね!」
「そうだね、じゃあ、この大きな木がおかあさんかな」
昴が幹に触れると、新次郎も、細い枝に咲いた花に、そーっと触る。
「やわかいです」
「や わ らかい。だよ」
「わやら……わ……」
「やわらかい」
「わやらかい!」
「ふふっ」
昴は楽しくなってきて、新次郎を抱き上げてやる。

 「ねぇえ、杏里、ちょっとあそこ見て」
「あ、また新次郎君、昴さんに抱っこされてる! 甘えん坊なんだから……」
遠くで繰り広げられる微笑ましい光景に、みんなの視線が集まった。
「本当の親子みたいですね」
ダイアナは目を細めて二人の姿を見守る。
おそらく昴は、大きくても、小さくても、どちらの彼も、きっと心から愛しているのだろうと思うと、ダイアナの頬は自然に緩み、頭に血が上って少しだけめまいが起こる。
それはとても楽しくて幸せなめまいだ。
桜の木の下に立つ二人は、風景にとても自然に溶け込んでいる。

 

 昴は新次郎を抱いて歩きながら、ふと、通りの向こうで青年が手を振っている姿を想像した。
「……」
足を止めて、少しの間、その想像を楽しむ。
昴さん、すごいですね、と、桜吹雪の中、笑顔で手を振る恋人の姿。
きっと、今腕の中で笑っているこの子と同じように、ちいさな枝に気付いて喜ぶのだろう。

 

 帰りの車では、リカも新次郎もぐっすり眠ってしまい、酒を楽しんだサジータも、大口を開けて眠っていた。
同じ車のジェミニは、彼らがあんまり無防備に寝ている姿に喜んで、三人の寝顔を次々写真に撮ったりしていた。
ホテルの前まで送ってもらい、昴は寝たままの新次郎を抱いて部屋へと戻った。
半分眠ってぐずぐずしている新次郎を素早く風呂にいれ、ベッドに寝かせて自分も寝室に戻った頃には、
昴もすっかり眠くなってしまっていた。
滑り込むように新次郎のとなりにもぐりこみ、二人は朝までぐっすり眠った。
だから、新次郎がその日の日記を書いたのは翌日の事だ。

 

 

 みんなでいっしょにおはなみをしました。
かやまたんの、やねのないおくるまにのって、わしんとんっていうところにいきました。
わしんとんのひとは、おはなみをしないのだそうです。
おはなはみるけど、おはなみはしないんだって。
へんなの。
しんじろーは、りかたんといっしょにどーなつをたべました。
らちぇっとたんのたまごやきは、こげこげだったけど、とってもあまかったです。
みないでみないでっていってました。
じぇみにたんの、おにくのおにぎりもおいしかったです。

 しんじろーは、すばるたんと、おはなのしたをおさんぽしました。
おはなはいっぱいっぱいあって、しんじろーはこんなにたくさんのおはなをみるのははじめてでした。
あかちゃんのきと、おかーさんのきがありました。
おはなみ、たのしかったな。
またいきたいな。

 

 相変わらず大胆な字と、大胆な絵。
シアターの面々を描いてあったが、どれが誰なのかの判別は、さすがの昴にも難しかった。
けれども人数はきっちりとあっていたので、誰一人忘れる事なく全員を描いたのだろう。
余白の部分は余すところなく桜色。
昴は笑ってその日記を何度か読み返すと、大事に引き出しの中に片付けたのだった。

 

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そのうち額に入れて飾るかもしれない。

 

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