ちびじろのはなみにっき 4

 

 サニーサイドは花見の件を聞くと困った顔をしたが、
昴も同じく困惑顔だった。
大喜びしている全員を、新次郎は首をかしげてみている。
「おはなみは、おっきいさくらのしたでするんですよ」
「なにいってんだい! 桜があるだけましだよ、よっしゃー! 今年の春は花見だ!」
サジータはすっかり大喜びなのだが。
「ちがうもん、おはなみじゃないもん!」
新次郎はめずらしくきっぱりと文句を言った。
みんなは驚いて、頬を膨らませている子供の顔を見てしまう。

 「おいで、新次郎」
昴はすかさず手を伸ばして新次郎を抱き上げてやった。
普段あまり自己主張をしない新次郎なので、実は少々嬉しい気分だ。
昴や星組のメンバーに対して、子供の癖に遠慮しすぎな点が心配だったから。
もっともっと我侭を言って欲しいのに、新次郎は聞きわけがよすぎる。
その、よいこ過ぎる子供に向かって、昴は誠心誠意謝罪した。
「ごめんよ、紐育に桜はないんだ」
そもそも、自分日記が誤解を与えたせいで、こんな事体になったのだ。
「でも、すばるたん、しんじろーとおはなみ、するって……」
今にも泣いてしまいそうな新次郎を撫でてやる。
本当に花見を楽しみにしていたのだと知って、昴は優しく微笑んだ。
その様子を見ていたサジータは、新次郎以上に口を尖らせる。
「盆栽じゃできないのかい?」
「長年育てた物ならと、僕も考えてサニーの所にきたのだけれど、当歳の桜じゃ、ほとんど咲かない」
「ボクもまだ咲いたの見たことないしね。まだ木というより枝だよ」
昴に続いてサニーも花見を否定した。

 「花見、できないのか〜ピクニックしたかったぞ〜」
リカはションボリと指を咥える。
続けて視線はノコに。
「なんだかピクニックがないと思ったらおなかへってきた」
「うきゅ!?」
「わー! リカ! ほらほら、ボク、クッキー持ってるからそれ食べなよ!」
ジェミニのクッキーのおかげでノコは命拾いをし、皆も胸を撫で下ろす。
「もうこうなったら、花なんかなくったっていいよ、セントラルパークでいいじゃん」
サジータは何が何でも外で騒ぎたくなってしまったのだ。
「でも、それじゃお花見とはいいませんよね」
すかさずダイアナが遠慮なく突っ込む。
「ダイアナって、時々厳しいよな……」
いつも通りの星組のやりとりだ。

 「すばるたん、おはなみ、できなくても、しんじろーはがまんします」
我慢するといいつつ、今にも泣き出しそうな顔でそんな事を言う。
以前、両親の休日と、桜の咲くタイミングが合わず、流れた花見の予定に新次郎は大泣きした事があった。
その時母に厳しく言われたのだ。
花は思い通りにならないもの。今年ダメでもまたいつか、満開の桜を見ることが出来るのだから、我侭を言ってはいけないと。
「おはなは、またこんどみせてください」
けれど昴は、愛しい子供にわかるように、しっかりと頷いてやった。
「大丈夫、実は桜に心当たりがないわけじゃないんだ。紐育じゃないけどね」
そう言ってやると、新次郎はパッと顔をあげて、涙で濡れた瞳を昴に向けた。
潤んだ目がキラキラ期待に輝いて、大きな目が一層大きく見える。
「皆はどうだい? 少し遠出でもかまわない?」
「とおで! する! リカ花見いく!」
リカに続いて全員が頷き、喝采と共に途端にその場が明るくなった。

 「でもどこにあるんだい、桜なんて」
冷静な声は背後のサニーから。
「ワシントンに」
「ワシントン?」
昴は抱いていた新次郎の頭を撫でから、ソファの上に降ろしてやり、自分はその隣に腰掛けた。
パチンと鉄の扇を開き、口元にあてる。
気難しい学者のような態度だ。
「1912年に日本からワシントンへ桜が贈られている。確か6000本を越えていたはずだ」
「そんなに?!」
ジェミニは必死にイメージしてみた。
6000本もの桜が美しく咲き誇り、その下を薄桃色の花弁が雪のように舞い散る様子を。
早春のまだ淡い青空の下、それはどんなに美しく、日本的な光景だろう。
きっと昔のサムライたちも、舞い散る桜吹雪の中を歩いたはずだ。

 たちまち腑抜けた様子になってしまったジェミニを横目に眺め、サジータは苦笑した。
「ワシントンならここからそんなに遠くないし、悪くないんじゃないかい?」
「その代わり、君達が期待しているような大騒ぎは出来ないよ」
日本とは違うのだから、と、昴はたしなめるように友人を眺める。
「う……、ま、まあ、騒ぐのは帰ってからでもいいよ、うん、花見だもんね、桜を見に行こうじゃないか」
「さんせーい! はっなみ! はっなみ!」
リカはその場でクルクルと回りだした。
「新次郎もそれでいいかい?」
「はい! おはなみ、いきたい! みんなとおはなみ! ありがとうございます、すばるたん!」
抱きつく新次郎を受け止めて、昴も皆と一緒に笑った。

 次なる問題は、いつ、桜が咲くか、である。
なにせ多忙な星組であったから、満開のタイミングに丁度良く休みがあるかどうかはわからないのだ。

 

 

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その少し後にソメイヨシノが紐育にも贈られているようです。

 

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