ちびじろにっき 3

 

 「花見?」
舞台の練習を終えて、星組は全員楽屋に戻ってきていた。
新次郎は昼寝のためにサニーの所にいっていていなかったので、昴は新聞を広げて休憩しようとしていた。
そこへプラムがコーヒーを差し出しながら、花見にはいつ行くのかと聞いてきたのだ。
昴にしてはめずらしく、きょとんとした表情だ。
「そんな予定はないけれど……」
「やっぱりね」
プラムは苦笑したが、どこか楽しげだ。
杏里の方はプラムよりも深刻な顔。
きっと新次郎がガッカリすると思った。
いつも新次郎を叱ってばかりの杏里だったが、本当はとても彼をかわいがっていて、新次郎に気付かれないように彼の好みのおやつなどをカフェに常備している。
実際におやつを出すのはプラムなので、杏里は一緒に食べるだけだけれど、ニコニコしながら自分の持ってきた菓子を食べる新次郎を見るのが最近のひそかな楽しみだった。
もっとも、杏里は、新次郎の為ではなく、自分の好きなお菓子を持ってきているだけだとプラムに主張して譲らないのだけれど。
「でも昴さん、新次郎君は、昴さんと花見に行く気まんまんですよ」
「なぜ花見……。ああ、もしかして昨日の日記か」
昴が思案していたのはほんの一瞬。
すぐに夕べ書いた交換日記の内容を思い出す。
花見に行くわけではなくて、いつか、一緒に桜を見るような日が来たら幸せだと、そう言う意味でかいたのだが、
幼い新次郎には伝わらなかったようだ。

 「はなみってなんだ?!」
なんとなく楽しげな響きに気付き、リカが身を乗り出す。
昴はリカにもわかるように簡潔に説明した。
「花見と言うのは、日本で春に行われる祭のようなものだよ」
「おまつり!?」
「祭というほど派手じゃないけどね。満開の桜の木の下で、花を愛でながらピクニックをするんだ。歌ってご馳走を食べて、酒を飲んだり」
「ごちそう〜〜?!」
リカが目を輝かせ、その様子に昴も微笑んだ。
ふと気付くと、リカだけではなく、みんなの目も輝いている。
報告にきたワンペアの二人までもが。
彼女たちも”花見”という単語は知っていたが、それがどういうものなのかは良く知らなかったのだ。
「友人や家族と、春を喜び、感謝する。花見とはそういうものだよ」
本来、花見はその年の農作物の出来を占う行為だった、という事まで説明しようと思っていた昴だが、彼女達の様子を見て言葉を止めた。
おそらく、今そのような由来まで説明したところで、彼女達の頭には入らない。

 「酒かあ、いいねいいねぇ。で、いついくんだい、そのハナミってやつに!」
サジータはすっかり乗り気になっている。
それで昴はこれまた簡潔に答えた。
「いけないよ。桜がない」
「ええー」
不満の声は全員から。
「……花ならなんでもいいじゃんよ」
サジータはぶつぶつと文句を言っていたが、杏里だけは身を乗り出してくる。
杏里にしてはめずらしく、何かを企んでいる表情だ。
「それなんですけど昴さん、サニー様が桜のボンサイをもっていらっしゃらないかしらと思ったんですけど」
「盆栽?」
「だめですか?」
「……」
根本的に間違っている気がしたが、昴もすぐには否定しなかった。
他に桜がなければ盆栽であろうとも贅沢はいえないかもしれない。
花見は一般的に桜の木の下で行う物だが、紐育に桜があるかもしれないというだけでも立派な物だ。
なにより、新次郎ががっかりしないですむ。
「わかった。サニーに聞いてみよう」
昴はそう告げて、静かに席を立ち上がった。

 

 昴が楽屋を出ると、背後にもゾロゾロ人の気配。
振り返ると全員がくっついてきていた。
「……僕一人で事足りるが……?」
「ボク、桜が見てみたいんだ! もしあるなら見せてもらおうと思って。だって、日本の象徴みたいな木なんでしょう?」
ジェミニの瞳は輝いていて、昴は黙って頷くしかない。
「わたしも、ぜひ拝見したいです」
ダイアナも熱心に頷いた。
「でもあるかどうかもわからないのに」
昴は苦笑したけれど、みんなを止めたりはしなかった。
仲が良いのは紐育星組の一番の長所だと思っていたから。

 エレベーターに無理やり全員で乗り込み、サニーの元へと向かうと、昼寝から起きて一人遊びをしていた新次郎が喜んでみんなを迎えた。
「わー! いっぱいいる! みんないるー」
はしゃいで飛び跳ね、皆の周りをくるくると回る様子は元気一杯の子犬のようだ。
「おやおや、どうしたんだい、みんな揃って」
書類にサインをしていたサニーはペンを置いて部下達の期待に満ちた顔をみやる。
なにやら怪しい情熱さえ感じる顔ばかり。
そんな中、一人冷静なままの昴が口を開いた。
「サニー、君は盆栽を沢山所有しているよな」
「ああ、あるよ。今のお気に入りはねえ、小品黒松でねえ、高かったんだけどあの葉の広がり具合は今後に期待を……」
「松などどうでもいいんだ桜はないか?」
「桜?」
サニーは聞き返し、瞳を輝かせる面々を見回す。
「あるけど……。一才桜が二本植わった景色物が」
とたんに全員がわっと歓声をあげた。
「リカそれみたい! サニーサイドでかしたー! はなみだはなみだ!」
「おはなみですか?」
会話を聞いて、ようやく事体が飲み込めた新次郎の顔も輝いた。
「ハナミ……」
皆が大喜びをする中で、当の桜の持ち主だけが思案顔だった。

 

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星組のお花見、楽しそうです。

 

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