キャットテイル 最終回

 

 「ああ、昴さん、ごめんなさいこんな夜中なのに……!」
大河はうろたえて部屋の中をひっかきまわしていた。
「ドアも窓も鍵がかかってたから、絶対室内にいるはずなんですけど」
半分泣きそうになりながら、大河はきっと何度も見たであろうベッドの下を覗き込む。

 いつも整頓されている彼の部屋。
今はたんすの引き出しが全部引っ張り出され、ゴミ箱もひっくりかえっている。
この状態をハルは今もどこかで見て、大河が必死で自分を探している様子を悲しく思っているかもしれない。
昴は意識を集中した。
どこかにまだ、ハルの気配が残っているかもしれないと思ったのだ。
けれどもさきほど手の平に受けたかすかな残滓ほども、猫の気配はどこにもなかった。

 「大河」
「は、はい」
今また、大河は引き出しの奥に詰まった衣類を引っ張り出していた。
昴はその隣に片方の膝をつく。
「さっき、ハルが僕の部屋にきたんだ」
「ええっ!?」
驚愕の表情で昴を凝視し、大河は立ち上がった。
「いつのまに部屋を抜け出したんだ! ハルのやつ、うんと叱らなきゃ……!」
「違うんだ大河、落ち着け」
昴は自分の隣を手の平で叩き、再びそこに大河が座るよう促した。
よくわからないという表情のまま、大河は大人しく正座する。

 なにをどう、説明するべきか昴はしばし思案した。
「ハルは不思議な力があっただろう」
「はい」
普通の猫には、人間になる力も、人間を猫にする力ももちろんない。
だから大河も躊躇わず素直に頷く。

 昴は、内心ハルは紐育に現れる前、日本ですでに死んでいたのだろうと思っていた。
もともとあった異質の力を最後の時に使いきり、大河に思い出してもらうという望みをついに果たして消えたのではないかと。
ハル自身は良くわかっていないようだったが、昴はそう考えていた。
「人間になったり、君を猫にしたり、遠く日本から紐育までその力を使って移動したり」
「そんな事までしてたんですか!?」
「ああ。だから、力を使い果たして、しばらくは目に見える形に戻れないと、そう言っていた」
「目に見える形って……」
「ハルははっきり言わなかったが、日本で車にはねられたらしい」
「そんな……!」
心底困惑し、猫を案じる表情になった大河は今にも泣きそうだ。
「それじゃまるで、ここに来る前からハルが死んじゃってたみたいじゃないですか……」
「……そうじゃない」
大河の言葉と同じように考えていたのに、自分でも思いがけず昴はその意見を否定していた。
「ハルは、みえなくても君の傍にいると言っていた」
「傍に?」
「ああ。傍にいて、いつでも君を守っていると」
「ハル……」
大河は手を伸ばし、ネコを探して視線をさまよわせる。
「本当にいるの?」
瞬間、さっきまでまるで感じなかった猫の気配を、昴はかすかに感じた気がした。
気のせいかもと思えるほど、かすかに。
「……いる。間違いない。きっと、君が望めばいつでも傍らに寄り添ってくれる」

 大河は荒れた部屋を見渡し、もう一度昴の顔を見た。
信じきれないと言った表情だったが、視線を落として息をつく。
散らかした服を畳んで、ゆっくり、丁寧に片付け始めた。
昴も黙って手伝う。
ハルの為にそろえた食器を、大河は手に取り、もう一度床に置いた。
「戻ってくるなら、片付けちゃったら困りますよね」
「大河……」
もしもハルが帰ってくるとしても、それは何年、何十年も先だろうと昴は思っていた。
しかし伝えられずにただ沈黙する。
大河は寂しげに笑い、再び食器を掴むとえいとばかりに流しに押し込んだ。
「帰ってきたら、その時また新品を用意します!」
「うん、そうしてやるといい」

 

 「ぼく、小さい頃、猫と一緒に暮らすのが夢だったんです」
片付け終えた部屋で昴にお茶を出しながら、大河は話した。
「ずっと忘れてました。ハルを人にあげなきゃならなくなって、猫を飼ってた事も、飼いたかった事も……」
「それだけ、あの猫は君にとって大事な存在だったんだろう」
「はい」
今度の笑顔には、もう悲しみの影はなかった。
幾分寂しげではあったが、それでも。
昴は受け取った茶をゆっくりと飲み、部屋の気配をさぐる。
「あの猫は、普通の猫よりもずっとふてぶてしいやつだった。感じられなくても常に傍にいるだろうよ」
「はい!」
実際、昴は今、最初に部屋に入ってきたときには感じなかった、ごくごくかすかな気配を察知していた。
それは、小さな虫よりなお、何千倍、何万倍もかすかなエネルギー。
最初は小さすぎてわからなかったそれが、部屋の中央に居座っている。
さっきのように、大河が心底から求めれば、寄り添って応えるのだろう。
「ふふっ、ずうずうしい猫だ。普通、そういう存在は部屋の隅っこに大人しくしているものだが」
「へ? すみっこ?」
首をかしげる大河に、昴は悪戯っぽく笑った。
「案外すぐに戻ってくるかもな」
そうなったら、あの猫とまた大河を奪いあって喧嘩することもあるかもしれない。

 それも結構面白いかも、と笑って、昴はひっそりと目を細めた。

 

 

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続編も書けるといいなと思います。

 

 

 

 

 

 

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