キャットテイル2−1

 

 「ただいま、ハル!」
飼い猫がいなくなって数ヶ月たった今でも、新次郎は部屋に戻ると必ずネコに向かってそう言った。

 新次郎の飼い猫は、妖しい力を持った白いネコ。
青と緑の瞳に、長い尾を持った美しいネコだった。

 新次郎がそのネコを飼っていたのは、わずかに3日。
それも、最後の日以外はネコ本人が勝手に居候していただけ。

 それでも新次郎は、愛猫の気配をつい探ってしまう。
紐育で出会ったハルとは数日しか一緒にいられなかったけれど、日本に住んでいた幼い日にも、あのネコとは親密な関係を築いていたから。
ハルはいなくなるまえに、ずっと傍にいて守っていると言ってくれた。
新次郎にはなにも感じられないのだけれど、昴は時折ネコの気配を感じると言う。
それはアパートにいる時に限らなかった。
新次郎が転びそうになった瞬間や、失敗をして杏里に怒鳴られている時などに、昴はハルが心配したり、新次郎を攻撃しようとする相手を威嚇していると、そう教えてくれる。
だから、部屋に戻ったときにただいま、と言っても、ハルが部屋でおとなしく待っているとは考えにくかったのだけれど。

 新次郎には昴がハルの気配を時折感じると教えてくれる事が少し悔しかった。
自分のネコなのに、自分にはその存在を感じられないなんて。
でも口に出しては言わなかった。
もし、寂しい、会いたい、などと言ったら、あの白いネコは無理をしてでも目の前に姿をあらわす気がした。
もしかしたらその方法は誰かを傷つけるものかもしれないし、ハル自身を弱らせるものかもしれない。
だから寂しくとも飼い猫に対して、ただいま、と、いってきます、以外の言葉をかけることはなかった。
困ったときも、落ち込んだときも、ペットに悩みを打ち明ける大勢の一般人と違い、新次郎は全部を心の中に飲み込んだ。

 

 紐育のあちこちに、霊的力のふきだまりが増え始めたのはこのころだった。
信長を倒してもうすぐ一年、乱れ、荒らされた紐育の気脈を、星組のメンバーはシアターでの舞台という形でなかば強引に鎮めてきた。
大きな風呂敷で何かを覆う際、一旦はすべてを多い尽くしても、片側をひっぱりすぎてもう片方がわずかにはみ出てしまうように、加減が非常に難しい。
世界経済の中心地である紐育はただでさえ地脈の力が大きく、抑えすぎては衰退につながるかもしれないし、開放しすぎると人々の心が乱れてしまう。
信長やツタンカーメンが街に現れる前の状態をめざし、隊員たちは懸命に活動を続けていた。

 ひとつひとつの霊力のほつれはごく小さく、隊員一人でも現地に赴けば気脈を封じることは難しくない。
その日、新次郎はセントラルパークの南に現れた地脈のほつれを直すべく、単身現地に向かっていた。
「ほつれ」は、力を放出している場合もあったし、その逆の場合もあった。
今回向かった先は力を放出するタイプのものだ。
「ここもほんの少しだけだな」
フジヤマスターの中で新次郎はつぶやく。
一見普通の芝生地帯だったけれど、よく見れば直径10メートルほどの円状に、一部の芝生が周囲よりも背丈が高くなっている。
放置すれば芝生は霊的エネルギーの許容範囲を超え、青い草は徐々に枯れてしまうだろう。
誰かがそこで休めば、もしかしたらいくらか疲れが取れることがあるかもしれない。
その程度のものだったけれど、小さなほつれも沢山数が集まると危険だったので、発見時に時間的余裕のある隊員が修正に向かうのが最近の日常だった。

 見物人が遠巻きに見守る中、スターに乗った新次郎は意識を集中する。
わずかに開いた巾着を閉じるように、それによって他が破れてしまわないように、慎重に。
作業は順調で、わずか五分ほど経った時点でほぼ「ほつれ」はふさがりつつあった。
あとはぴったりと閉じるだけ。
そう新次郎が意識した瞬間。

 「うわーーー!!」
蓋をした蒸気が爆発したかのような衝撃がフジヤマスターに伝わった。
一般人の目にはわずかに空気が動いたように見えただけだったが、ふきつけるエネルギーの波の中心に新次郎はいた。
「みなさん、離れてください!」
マイクに向かって叫び、新次郎はほつれを再び閉じようとエネルギーの本流の中を泳ぐように進んだ。

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なんとなく続編を書いてみました。

 

 

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