キャットテイル 15

 

 昴の歩くぴったり隣を、真っ白な猫がとことこついていく。
忠実な犬もかくやという様子に、眼にした人々の顔には自然と笑みが浮かんだ。
本当は抱き上げていくつもりだった昴だったが、ホテルを出発するとき、大河はスルリと昴の腕を抜け出すと、その傍らにきちんと座った。
どうやら、自分で歩けますと主張しているようだった。
なのでこうやってホテルの部屋を出たときからずっと、大河である猫は犬のように昴の横を歩いている。

 大河は街を歩きながら、普段とあまりに違う景色に気もそぞろだった。
地面が極端に近く、落ちている小石や枯葉、小さな虫や新聞紙までもが気になって仕方がない。
見上げると、たくさんの人間の足、騒音を立てて走り去る車の恐ろしさ。
思わず背筋がゾワリと震えた。
人間でいる時よりずっと、世界が立体的に見え、たくさんの情報がいっぺんに届いた。
視覚もそうだけれど、聴覚や触覚が鋭敏で、どの情報をどう処理していいかわからない。
「どうした大河」
頭上から声をかけられ振り仰ぐと、昴の手が伸びてきて、抵抗する間も無く抱き上げられてしまう。
「毛が逆立っているぞ」
そう言われても大河にはよくわからなかった。
振り返って背中をみれば、確かに背中から尻尾にかけて、毛が立ち上がっていた。
さっきの鳥肌が立つようなぞわぞわした感触、あれで毛が逆立ったのかもと大河は思った。
昴はその大河の立ち上がった毛を宥めるようになでる。
「やはり君は待っているかい?」
目の前はもう大河の住むアパートだった。

 大河は昴の腕の中から飛び降り、先にたって歩く。
玄関の扉が視界に入ってきたとき、その扉が内側から開いた。
「しんじろう! おかえり!」
満面の笑みで出迎えたのは、件の青年、シロだった。
シロは大河を迎え入れ、昴に向けて口を尖らせた。
「なんだ、きみもきたの」
「邪魔するぞ」
邪魔する、と言ったものの、そこは大河の家で、シロの家ではない。
言ってしまってから昴は自分にムッとした。

 シロに向かって、大河はなにやら一生懸命話かけていた。
シロもそれに答えている。
しかし昴には、双方の言葉とも、ただにゃあにゃあ言っているだけにしか聞こえなかった。
場合が場合でなければ、大変に微笑ましい光景なのだけれど、今は会話の内容を知る事が出来ず、昴は腕をくんで成り行きを見守るしかないのがじれったい。
しばらくシロと大河はそうやって、猫の言葉で会話をしていたが、不意に会話が途切れると、大河は急いで洗面所に走っていき、大きなタオルを咥えて戻ってきた。
そしてシロに向かって再び、にゃおんと声を出す。
シロは何かに集中しているようで、返事をしなかった。

 バスタオルにくるまった白い猫の体が一瞬縮んだように見えた。
何か攻撃されたのかもと、昴は一歩前に踏み出しかけたが、シロが大河を傷つけるはずはないのだと思い至って足を止めた。
バスタオルはむくむくと膨れ、ついには見慣れた黒い頭が飛び出した。
「ぷはー!」
「大河!」
元通り、きっちり人間の姿で、大河は水面からあがった時のように思い切り息を吸った。
昴は思わず大河に抱きついた。
何も考えないうちに勝手に体が動いていた。
「わひゃあー! す、昴さんっ!」
「よかった、大河、もう元に戻らないかと……!」
たくましい肉体の力強い感触。
「昴さん、あの、ぼく、裸なんですけど……」
「それがなんだ。猫だった時からずっと裸だっただろ!」
「い、いえ、それはそうですけど、でも」
「散々心配かけたんだから、大人しくしばらく抱かれていろ!」
そういうわけで、昴は満足いくまで大河にだきついているつもりだった。
けれどもそれを遮った人物がいる。

 「ちょっときみ、しんじろうはぼくのだよ。そんなにいつまでもくっついていられたらこまるよ」
「なにっ!?」
途端に昴の目に剣呑な光が宿る。
「貴様、まだそんな事を……!」
「昴さん、シロも! 喧嘩しないで!」
大河があわてて静止しようとするが、二人は双方肉食動物のように鋭い視線でにらみ合っていた。

 

 

TOP 漫画TOP キャットテイル1へ 前へ 次へ

とてもうらやましい。

 

 

inserted by FC2 system