キャットテイル 14

 

 大河はウォルターが用意してくれた、白身の魚を水で煮ただけの質素すぎる夕食を残さず食べた。
思っていたよりもずっと美味しかったけれど、やはり味がないと寂しい。
昴が風呂に入っている間、ベッドに丸くなり再び眠った。
眠っても眠っても、まだまだ眠れる。
猫というものはこんなに一日中眠いものなのかと、大河は自分の事なのに内心呆れる思いだった。

 シャワーを浴びた昴が戻ると、白い猫が丸くなってベッドの上で眠っていた。
思わず笑みが洩れる。
隣に腰掛けると、大河であるところの猫は目を覚まし、昴の顔を見上げ、情けない声で鳴いた。
「どうした?」
抱き上げ膝の上に乗せてやると、ゴロゴロと心地良さそうに喉を鳴らす。
「心細いかい?」
聞くと、大河は昴の手に頭を押し付け、大丈夫ですというように目を細める。
昴は笑う。
「まったく、のんきだな君は。それで、今日は風呂も歯磨きもしないつもりなのか?」
「にゃっ!」
初めて思い出したと言うように、猫の瞳孔がサッと細くなった。
だが昴はベッドに腰掛けたまま、猫の頭を撫で続ける。
「歯磨きはともかく、風呂はやめておけ。人間と違って毛皮には油分が重要なんだから」

 それで結局、猫の大河は、昴の家に置いてあった大河用の歯ブラシをがしがしと噛み、風呂には入らないまま眠ってしまった。
夜半に何度か目が覚めたが、昴の懐で丸くなっている事が気持ちよくて、そのまま朝まですごした。

 早朝の日差しをカーテン越しに感じ昴が目覚めると、抱いて眠ったはずの猫はベッドの中にいなかった。
体を起こし目を擦ると、白い猫がちんまりと床にきちんとお座りをして昴を見ている。
昴をみとめ、嬉しそうににゃおんと鳴き、誘うように歩き出した。
「どうした大河」
大河は昨日、昴と会話をしたテーブルの上に登り、意思疎通のための紙に前足を乗せる。
「何かいいたい事があるのか?」
猫の足の先を、順番に読み解いていく。

 きょう、ぼく、いえにもどって、シロとはなしをしてきます

「ばかをいうな」
一言で切り捨て、昴は着替えを取りに寝室へ戻ろうと踵をかえした。その足をからめるように大河が体をよせてきて、昴は猫を踏みそうになってしまった。
「あぶない!」
「にゃー!」
大河は大きな声で鳴き、再びテーブルに乗る。

 しろは、ぼくにきがいをくわえません。ちゃんとはなしてせっとくすれば、もとにもどしてくれるかも

 「危険すぎる、君はここにいろ」
そう言うと大河は忙しく文字を追った。

 きのう、すばるさん、こっそりぼくのアパートにいきましたよね

 スバリ言われてスバルは一瞬ひるんだ。
そのとたん、猫の瞳孔がまん丸に開く。
昴がしまった、と思ったときには遅かった。
大河は再び文字を指し示した。

ちょっとだけ シロのにおいがしたから もしかしてっておもったんです

大河が猫になってしまうという異常事態に、昴自身も気づかないうちに実はかなり動揺していたらしい。
大河はそれ以上文字を追わなかったが、昴に向けて、にゃおにゃおと、なにやら一生懸命抗議の声をあげている。
「わかったわかった。黙って行って悪かった。仕方がない。今日は一緒に行こう」
実は、今日も昴は一人であの青年と対決するつもりだった。
はっきり言って、猫の大河が来てくれても戦力になるとは思えなかったからだ。
昴が溜息をつくと、大河は昴のそんな様子は気にせずに、再び言葉を綴る。

 そうときまったら、さっそくはらごしらえしてしゅっぱつしましょう

「まず腹ごしらえとは、君は、猫でも人でも変わらないな」
猫が目を細め、昴には白猫が、「えへへ」と笑った声が聞こえたように思えた。

 

TOP 漫画TOP キャットテイル1へ 前へ 次へ

癒し以外に役に立たない。

 

inserted by FC2 system