キャットテイル 13

 

 大河はソファの上で目を覚ました。
伸びをして、目に入った前足にガッカリする。
やっぱりまだ猫だ。
起き上がり、部屋を見渡すが昴の姿は見えなかった。
何の予告もなく眠ってしまったからあきれてしまったのだろうかと不安になって声を出したが応答はない。
大河は部屋の中をうろうろしながら、にゃーお、にゃーおと何度も鳴いた。
「昴さん……」
どうやら昴は近くにいない。
気配が全くなかった。
不安で玄関の扉の前に立つが、どうやってもそのノブを回せそうには思えない。

 今度はベランダまで走ってみたが、サッシは当然ぴっちりと閉じられていた。
けれどもこちらはドアノブと違って上手くやれば開けられそうだった。
何度もジャンプし、失敗し、それでも前足が回転式の鍵を掴むと、そのまま体重をかけてくるりと外す。
「やった!」
鍵はなんとか開いたが、今度は天井まで届く大きな窓がなかなか開かない。
肉球をぺたりとくっつけ、必死に力をこめるとわずかに窓が開いた。
大河はその隙間に鼻を押し込み、ぐいぐいと強引にベランダに出てしまった。

 「昴さーん」
ベランダの手すりの隙間に顔を出し五番街の街並みを眺める。
昴らしき人影は見当たらない。というか、地面を歩く人々はごまつぶのようになっていて判別などできなかった。
大河は諦めて部屋に戻り、玄関扉の前に丸まった。

 考えた事もなかったけれど、ペットはこうやって不安な気持ちを抱えて飼い主を待っているのだとひしひしと感じた。
昴はどこに行ってしまったのだろう。
戻ってくるのだろうか。
色々な事が心配で心細く、この部屋から一歩も出られない自分がひどく無力に思えた。

 じっと丸まっていた大河の耳が、ぴくりと動いたのはそれから一時間ほど経ったあとだった。
エレベーターが接近してくる音が、低く床を伝ってきた。
最上階には昴しか住んでいないので、一番近くで扉が開けば昴に間違いない。
はたしてエレベーターは最上階までやってきた。
「昴さん!」
大河は立ち上がり、ドアに前足をかけて立ち上がる。
そのせいで昴が扉を開けたとき、勢い余って廊下に飛び出してしまったが、そのまま昴の足にすりよった。

 昴は白猫大河の熱烈な歓迎に目を丸くした。
「どうした……」
抱えていた紙袋を床に置き、猫を抱き上げると、大きな金色の目がうるうるとしていて、そのまま頬を摺り寄せてくる。
人間の時はこんなこと、恥ずかしがって絶対してこないくせに、猫になってしまうと何かが切り替わってしまうのだろうかと、ふと考えてしまった。
「待たせて悪かったね。書き置きは読んだ?」
そう聞くと、大河はふるふると首を振った。
「そうか、気がつかなかったんだね。ごめんよ、ちょっと買い物にでかけていたんだ」
昴は大河を室内に下ろしてやり、紙袋を掴むと部屋に入った。
「どうしようか悩んだのだけれど……」
昴は申し訳なさそうに、猫用のエサが入った袋を取り出す。
大河は目を丸くした。
慌てて昴は弁解する。
「いや、無理に食べさせようとは思っていない。もしかして食事の好みが変わったかもしれないし、人間の食べ物は猫の体に良くないだろうと……」
しかし猫大河は顔を覆ってうずくまり、ひどくショックをうけてしまったようだった。
「ごめん、でも、試してみない?」
返事をする代わりに大河はエサの入っていた、カラの紙袋を咥えて床に下りると、その紙袋の中に入って丸まってしまった。

 昴は溜息をつく。
猫のエサを買った時、こうなる事は予想していたのだけれど、今の彼に人間の食事を与えたくないのも事実だった。
味が濃いものや、猫に相応しくない食材が使われているものは念のため食べさせたくない。
昴は床に正座して、紙袋の中に話しかける。
「じゃあこうしよう。ウォルターに頼んで、味付けをしていない魚を用意してもらう。骨も除去して」
紙袋がかさりと動いた。
「それから、確か鳥のササミも大丈夫なはずだよ」
ピンク色の鼻面が紙袋からのぞき、輝く瞳が昴を心配そうに眺める。
昴は手を伸ばし、猫を抱き上げた。
「早く元に戻るといいのだけれど。今日はちゃんと食べてとりあえずゆっくり休もう。シロの事を考えるのは明日だ」
昴に抱かれた大河は、不安そうに、それでもニャオン、と返事をした。

 

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え、栄養のバランスを考えたんだ! と昴さんは言う

 

 

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