キャットテイル 12

 

 それから大河は一生懸命文字を示し、昴に事の次第を説明した。
合間合間に昴は質問を交える。
文字を追いながらの会話なので、とても時間がかかった。

 「じゃあ、元に戻る為には、まず第一に、君があの猫につけたという名前を思い出さなければならないんだな」
返事はいちいち、にゃおーという猫の声。
「本当にあの猫の事を覚えていないんだな?」
昴は立ち上がり顎に手をあてる。
とてもやっかいだった。
大河が、過去であの猫と出会ったことを覚えていないのも問題だったが、ついさきほど、自分がしてしまったシロとの会話の内容も気になる。
大河は疲れてしまったのか、テーブルからソファに移って丸まっている。

 さきほどまで動揺していて何も意識していなかった昴だが、落ち着いてくると何か違和感を感じてきた。
大河と出会った時からずっと体を満たしていた何か。
九条昴を構成する一部。
はっきりとはわからないが、大事な、絶対に欠けてはならない貴重なものが、さらさらと、とめどなく流れ落ちているような、たとえようのない不安が体を覆っていく。
あの猫は、本来大河は昴のものなのだとそう言っていた。
いらないのなら、自分がもらいうけると。
そして昴は挑発されるままに、大河を青年にくれてやるとはっきり宣言してしまっていた。

 大変な間違いを犯したのだと今ははっきりわかる。
早くなんとかしなければ、取り戻せなくなるのではないかという焦燥感。
静かに大河である白猫を覗き込むと、不安そうにぴったり体を丸め眠っていた。
猫の体力ではどんなにがんばっても、これ以上起きていられなかったのだろう。
真っ白でやわらかな毛皮が、呼吸につれてかすかに上下していた。
昴はカウンターのメモ帳に素早くメモを走らせる。
必要なものを買いにいく、すぐに戻るから、絶対に部屋を出るなと書き記し、テーブルの上に乗せた。

 もちろん、買い物にいくつもりなどなかった。
何をされるかわからないので大河は置いていく。
また彼をあいつの元に連れて行くような愚はおかさない。

 アパートの大河の部屋にはきちんと灯りが燈っていた。
扉の前に立ち、昴は目を細める。
相手は猫。化け猫だ。
自分がここに立っている事などお見通しだろう。
ドアノブを掴むとあっさり回った。
銀髪で左右瞳の色が違う青年は、ソファの上にしどけなく横たわったまま、昴に向けて怪しく微笑んだ。
「しんじろうはおいてきたの?」
「当然だ」
怒るかと思ったが、青年はさして興味なさそうにソファの上で猫のように転がり、大きくあくびをした。
「べつにかまわないよ。もうしんじろうはぼくのものになったんだ。うんめいってやつだよ。どんなにじかんやきょりがひらいても、いつかはかならずいっしょになれる」
「それはお前の運命じゃないだろう」
「うん。ほんとは、きみの。でもいまはぼくのだ」
低い、ゴロゴロという満足げな音が、昴のいる場所にも聞こえて来た。
「大河が好きなのか?」
「うん! だいすき!」
「だったら……」
彼の事を考えて身を引けと、言ってやりたかった。
本当に好きなら、元の姿に戻してやって欲しいと。
けれど昴は言葉を飲み込む。
相手は猫なのだ。
人間の都合など考えない。
それならばこちらも要求だけを突きつけるべきだ。

 「お前の本当の名はなんというんだ。大河を人間に戻せ」
「しんじろう、まだおもいださないの?」
はじめて少し残念そうに、シロは秀麗な顔に眉を寄せた。
「はやくなまえをよんでほしいなあ……」
「だったら僕に教えろ。僕から大河に……」
「だめだよ。しんじろうが、じぶんでおもいださなきゃ。でもいまならなまえをおもいだすまえに、にんげんにもどしてあげてもいい。どっちにしろ、しんじろうはぼくのものになったんだからね」
大きく伸びをして、シロはまたベッドの上に丸くなった。
まるで昴など最初から部屋にいなかったかのように、完璧にその存在を無視して。

 

 

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猫だからね!

 

 

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