キャットテイル 11

 

 昴は猫を抱えたまま走っていた。
なにがなんだかわけがわからないが、ともかくこの猫は大河だ。
セントラルパークまで立ち止まらずに疾走し、あの青年が追いかけて来ないのを確認して立ち止まる。
ベンチに猫を下ろしてやると、白い猫は、ほっとした表情でにゃおんと鳴いた。
昴は周囲を見渡す。
自分のやる事に確信を持ってはいるが、一応誰にも見られたくなかったから。
「大河?」
すぐに猫は、にゃーと返事をした。
「本当に大河なのか……」
昴は額を押さえ、どさりと体を椅子に放り込む。
白猫は、昴の膝に片方の前足をのせ、困惑顔だ。

 昴は事態を頭の中で整理する。
あの部屋にいた、左右瞳の色の違う銀髪の青年。
考えたくはないが……。
「大河、あの男は昨日君が拾った猫なんだな?」
コクコクとうなづく猫に、昴も頷く。
「それで、どうして昨日の猫が人間で、逆に君が猫になるはめになったんだ」
そう問うと、今度は白猫がお座りをし、前足で昴の足をぽんぽんと叩くようにしながら、なにやら必死でにゃごにゃごと言い始める。
にゃ、にゃにゃ、にゃおん、と、何かを喋っている様子だ。
こんな事態なのに、猫の真剣な表情と、かわいらしい鳴き声に昴はつい笑いそうになる。
するとそんな昴の様子を察したのか、猫は口をぴったりと閉じうなだれた。
「すまない。だって、大河、君、本当にしゃべっているつもりなのか?」
「にゃーおん!」
猫は大きな声で鳴き、その場でじたばたと足踏みした。
「わかったわかった。とにかくここじゃ目立ちすぎる。九条昴の頭がおかしくなったと朝刊に載るのはごめんだ。僕の部屋に行こう」

 昴のあとを、猫はとことことついてきた。
まるで忠実な犬のようだ。
ホテルに入る前に猫を抱き上げ、昴はフロントで猫を部屋に入れると告げてから自室に戻った。
床に猫をおろしてやると、白い猫、大河は、とことこと洗面所まで歩き、扉の前でにゃーと鳴いた。
「足を洗いたい?」
聞きながら昴が扉をあけると、猫は長い尻尾を感謝するように昴の足にまきつけてから、するりと中へ入って洗面台に飛び乗った。
蛇口は下に押すだけで水が出るタイプのものだったので、大河は自分で水を出し、傍にあった備え付けのタオルで丁寧に前足を拭く。
その様子がとても面白く人間臭かったのでまたしても昴は笑いそうになってしまった。
するとすかさず大河は振り返り、抗議するように声を出す。
「ごめん。でも、本当に大河なんだね」
一連の動きを見て改めて確信した。
この猫は大河だ。
少なくとも、普通の猫ではありえない。

 昴は足をきれいにした猫を抱きかかえてソファに降ろしてやった。
せっかく足を洗ったのだから、床を歩かせては気の毒だと思ったのだ。
腕の中のやわらかくちいさな存在が、ごろごろと本物の猫のように喉を鳴らす。
「さて、君ときちんと話をする方法をかんがえなくてはな」
そう言うと、大河はテーブルに飛び乗り、そこからみごとに跳躍して、音も立てずに蒸気電話の横に着地した。
ペンを咥え、戻ってくる。
「ふむ、筆談か? しかし……」
昴が紙を出し押さえてやったが、大河が口に咥えたペンは難解な古代文字のような線しか産まなかった。
しかし昴は素直に感心する。
「すごいぞ大河。たとえ読めなくとも、絵を書く猫としてマスコミの取材を受ければ一生食べるのに困らない」
「にゃー! にゃおー!」
途端に猫はペンを取り落として前足でぽむぽむとテーブルを叩いた。
とても怒っているようだ。
「わかったよ。でも君が字を書くより……」
昴は大きなポスターを隣室から持ってきた。
過去に昴が主演した公演のポスターだ。
それを裏返し、大河のペンを取り上げ、端から順番に、日本語で五十音を記していく。
「ほら、言いたい文字を、順に前足で示すといい」
昴のやる事を、金色の目を丸くしてみていた大河だったが、文字の列の前にちょこんと行儀良く座り、右の前足で言葉を綴り始めた。

 「す・は・”・る・さ・ん」
「うん」
「ほ・゜・す・たー・も・っ・た・い・な」
「そこまで!」
まだ文字を綴ろうとする猫の前足を掴み、昴は白猫の金色の目を正面から睨んだ。
「まじめにやること」
大河は心底大真面目だったのだが、昴の怒りに燃える黒瞳に怯え、ひっしに首を縦にふったのだった。

 

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ポスターもったいない。ねこじろの気持ちはよくわかる。

 

 

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