キャットテイル 9

 

 大河はここちよく眠っていた。
シロの腕の中、一緒に丸まって眠る。
睡眠がこんなに心地よいと思ったのは初めてだった。
いろいろ大変な問題が起こっているはずなのに、なにもかもどうでもいいような気までしてしまう。
足も体も指の先までが、ぐっすりと休んでいた。

 あったかいシロの体がきもちよくて、喉の奥からゴロゴロと音が出た。
本当に猫になってしまったみたいだと思ったけれど、今は実際に猫なので、仕方がないか、などと考える。
頭の中も猫のように気楽になってしまった気がした。

 

 そんな風に腕の中で、くるくると寝息を立てながら眠ってしまった大河を、シロは愛しそうに見下ろしていた。
ずっと探していた新次郎をようやく見つけられた喜びでとろけてしまいそうだった。
これからはずっと一緒だ。
新次郎も猫になったのだし、色々教えてあげたい。
うっとりと新次郎を眺めていたシロだったが、ふと顔を上げると緊張した面持ちで目を細めた。
視線はまっすぐ外に繋がる扉に向けられている。
「すばる、か」
その人物の足音はすでに記憶していた。
呟いて数秒後、扉のノブがかちゃかちゃと回った。
シロは熟睡している新次郎に毛布をかけ、起こさないように慎重にベッドから降りる。
すべての動作には音がしなかった。

 

 「大河、いないのか?」
ドアには鍵がかかっていた。
シアターに大河が現れず、そのうえ何度連絡してもキャメラトロンに応答がなかったので、昴はサニーに許可をもらい大河の様子を確認にやってきた。
外からは何の音も聞こえず、大河の返答もない。
ポケットから合鍵を取り出し、慣れた手つきでカチリとまわす。

 ドアが開いた瞬間、大河は目が覚めた。
鋭敏な耳がぴんと立ち、覚醒と同時にそれまで深く深く眠っていた体のすべてが完全に目覚めた感覚。
「昴さん!」
ベッドから飛び降りて駆け寄ろうとした瞬間、するりと腕が伸びてきて抱き上げられる。

 

 「誰だ貴様……」
昴は目の前に立つ青年に、明瞭な敵意を込めて問いただした。
真っ白な髪、淡雪のように白く整った肌。
瞳は伏せられた睫毛に遮られて良く見えない。
謎めいた風貌の男は大河のもぎり服を着て、驚いた様子もなく微笑んでいる。
彼は駆け寄って来た猫を優雅な動作で抱き上げると、その頭を撫でてやった。
昨日のネコに毛色だけは似ていたが、昴は一目で違うネコだと気づく。
猫は腕の中でもがき、なにやら昴にむけてにゃーにゃーと一生懸命に泣いていた。
しかし昴の視線は、目の前の青年にしっかと向けられ動かない。
銀髪の青年は昴の視線にも臆していないようだった。
「ぼくは、しんじろうのともだちだよ」
どこかかわったイントネーションの英語。
「では、その大河はどこに行った」
「しんじろうなら、ほらここ」
そう言うと、青年は両手で猫のわきを支えると、すっと昴に差し出した。
猫は期待に満ちた瞳で静かになる。
「ふざけるな!」
昴は一括すると、猫を取り上げそのまま大河のベッドに放り投げた。
途端に青年の目が細くなる。
「いらないの?」
「猫などいらない!」
「ほんとに?」
「あたりまえだ! 大河を出せ!」

 ベッドの上に投げられてしまった大河は青ざめた。
毛皮に覆われた顔だったから、青ざめたといっても表面に出たわけではないけれど。
なにか、重大な事が起ころうとしている。
しかも悪い方に大変な事が。
昴に放り出されてしまった事はショックだったけれど、猫の姿なのだからわからなくても当然だ。
それよりも、もっとなにか……。

 「あのねこ、ほんとにいらないんだね?」
「しつこいぞ!」
「あのねこ、すばるのなんだよ? いらないなら、ぼくがもらってもいい?」
青年の瞳があやしく輝いていた。
視線が合うと、彼の瞳が闇のように黒い事に気づく。
その漆黒の瞳が、じわじわと色を変えていくように思えて、昴は眉を寄せた。
なにかがおかしい。
昴はすぐに返答をしなかった。
「もらっちゃだめなら、すばるがつれてかえるんだよ。そうじゃなきゃ、ぼくがもらって、いっしょうだいじにする」
ぞわり、と昴の中の何かが警告を発した。
しかし猫などいらないのは事実だ。
とにかくこの男を追い返し、大河を見つけ出さなければ。
なぜか、一刻も早く、目の前の青年から離れたかった。
「猫を譲ったら、お前は帰るのか?」
「かえる? うーん、かえるとこはないけど、あのこをくれたらでていってもいいよ」
昴はコクリと唾をのむ。
放り投げた猫が再び駆け寄ってくるのが見えた。

 「いいだろう」
その瞬間、駆け寄ってきていた猫が立ち止まった。
「猫などいらないし、もともと僕の猫じゃない。好きにしろ。そして消えうせろ」
「わかった」
その時の青年の笑顔を目にして、昴は己の血の気が引く音を聞いた。

 

 

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ネコ、もらっても困りますものね……。

 

 

 

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