キャットテイル 8

 

 目の前に突如現れた青年に、大河は愕然としていた。
真っ白な髪、左右色の違う、青と緑の瞳。
「し……シロ……?」
「ん? なあに?」
素っ裸のまま、シロは幸せそうに笑った。
猫のときとは違い、表情が明瞭に出る分、シロがとても上機嫌だという事がよくわかる。
「本当にシロなのか……」
「あったりまえじゃないか。へんなしんじろう」
あはは、と、面白そうに笑って、シロは猫そのものの動作で転がると、大河にほっぺたを摺り寄せてきた。

 人間の姿になってしまったシロをどうするか、大河には大変な問題が一つ増えただけのように思える。
いくら人の形をしているとはいえ、複雑なキャメラトロンの操作をお願いするのは無理だろう。
「ねえ、シロ、せっかくだけれど、人間になってもらっても機械は動かせないんだ。だからもう猫に戻ってよ」
大河がそう言うと、シロは大河を抱き上げて、いとしそうに喉元を撫でてくれた。
そんな風にされると、喉の奥が不思議に転がって、勝手にゴロゴロという音を出してしまう。
うっとり目を閉じそうになって、大河はハッとなった。
「こ、こら、ごまかすな! 猫に戻ってっていったんだよ?」
「え、ねこに?」
「そうだよ、裸だし、困るよ」
「そうか、にんげんて、ぬのをからだにまくんだよね。けがないからしかたがないよね」
「うん、だからさ……」
目の前の青年は、大河よりも背が高かった。
すらりと、それこそ猫のように長い手足。
国籍もはっきりとわからない不思議に魅力的な顔。
東洋人にも欧米人にも見える。
そして若々しく染み一つない肌は、男の大河から見てもとても美しかった。
けれども彼に合うサイズの服は持ち合わせにない。
「そっかー、じゃあ、にんげんにへんしんしたのはしっぱいだったかなあ」
「ど、どういうこと?!」
「きょうはしんじろうをねこにしたし、ボクもにんげんになっちゃったし、これいじょうはむり」
「む、むり?!」
「うん、ボク、だれかをにんげんにしたのも、にんげんになったのもはじめてなんだ。からだのなかの、きらきらすうすうしたなにかを、いっぱいつかっちゃった」
シロのいう、きらきらすうすうした何か、が、本当はなんなのかは大河にもわからなかったけれど、おそらく霊力のようなものなのだろう。
それを使い切ってしまったということは、シロを猫に戻すどころか、今日中に自分が人間に戻る事も無理ということだ。
大河はシロの腕の中でがっくりうな垂れてしまった。

 大河はとりあえず、シロに服を着せる事にした。
サイズが合わないのは明白だったけれど、丈が足りない以外はなんとかなるだろうと思ったのだ。
「うわー、うごきにくいね」
「すぐ馴れるから、ほら、ここ、腕をとおして」
「うでってまえあし?」
「そうだよ、それをここ」
30分以上かけて、シロは大河のシャツとズボンをなんとか身につけた。
着せてみると、案外普通だ。
丈が足りないと思い込んでいたが、考えてみれば自分は普段、袖も余っていたし、ズボンも折ってはいていたのだった。
今、シロはズボンの裾を折り返さずに履いていた。
なんだか悔しいが、ちゃんと着られただけでもよかったと思いなおす。
シロも服をあちこちひっぱってみたりして、満足そうだった。
「これでそとにでてもへいきだよね」
「そ、そとはまだ……!」
「おうちでもいいけど、なにしてあそぶ?」
「……」
まだ起きてから間もないというのに、今大河はものすごく眠かった。
この場に丸くなって眠りたいという欲求が絶え間なく襲ってくる。
「ひるねしたいの? しんじろう」
「う、うん……」
「じゃあ、いっしょにひるねしよっか!」
シロがそう言ってくれて、大河は心底安堵していた。
自分だけ寝てしまったら、その間にシロがどこかに消えてしまうかもしれないと思ったからだ。
考えている間にも、シロはさっさとベッドの上に、まさしく猫のように丸くなり、手の平を軽く握って顔を擦る。
大河もその横に飛び上がると、彼の傍らにくるりと体を丸めて目を閉じた。

 

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ネコに手足の長さに負ける。

 

 

 

 

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