キャットテイル 7

 

 とりあえずの朝食を終えた大河はあらためて、自分の体を確認した。
いままで恐ろしくてあまりじっくり見られなかったのだが、いよいよ覚悟を決めるしかなさそうだったから。
首を巡らせて背中を眺めると、シロと同じく、余計な色が一切ない真っ白な毛皮。
毛の長さだけはシロと違って、日本でよく見る猫と同じく完璧な短毛だった。
つやつやした毛の光沢が自分の体とは思えない。
まっすぐに長い尻尾は不思議な感覚で、手や足とは違うけれど、動かそうと思えば結構自在にあやつれた。
力の出ない腕のような、それでいて意思とは無関係に動く事もある、よくわからない部位。

 大河が自分の体を仔細に眺めている様子を、シロは満足げに見つめていた。
「しんじろうも、きっとしろいねこになると、ぼくおもってたんだ」
それから、大河の瞳を正面から受ける。
「めはきんいろなんだね、すっごくかっこいい」
「金色?」
体は確認したけれど、顔はまだ見ていない。
金色だという目にも興味があったけれど、自分の顔が完全に猫になってしまった様子はあまり見たくなかった。
それよりも。
「これからどうしよう……」
シロの本当の名前を思い出せれば元に戻してもらえるのだろうが、まったく覚えていないのだ。
シロでもユキでもないとしたら、大河には真っ白な猫につけるべき名前のバリエーションがなくなってしまった。
「ねえシロ」
「なあに?」
「シロの本当の名前って、ええと」
途端にシロは期待に満ちた顔で姿勢を正す。
「ええと……。タマ、だったかなあ」
シロはがくっとうな垂れて首をふる。
「ちがうよしんじろう」
「そうか、ちがうのかぁ。うーん、なんだったかなあ」
「そのうちおもいだすよきっと」
うーんと伸びをして、シロは白銀に輝く毛皮をまたしても丁寧に手入れし始めた。

 

 飽きずに何度でも自分の手入れを怠らないシロを横目に、大河は外に出るべきかどうか悩んでいた。
紐育は野犬にも野良猫にも厳しかったからだ。
捕まって収容所に入れられてしまったら、二度と外には出てこられない。
少なくとも、もう少し家にいて落ち着いたほうがよさそうだった。
そう結論した時、聞き慣れた電子音が室内に響いた。
「キャメラトロン!」
今の今までその存在を忘れていた機械の元へ大河は走り寄った。
キャメラトロンは、椅子にひっかけられたベストのポケットの中だ。
前足でベストをひっぱり下ろし、小型の時計を口で咥えて取り出す。
けれど、丸く小さな前足では、思うようにキャメラトロンを開けない。
悪戦苦闘しながら、興味津々のシロを隣にしたがえて、大河はようやく昴から届けられた、キャメラトロンのメッセージを読む事が出来た。
(大河、大丈夫かい?)
文章はそれだけだった。
一瞬、昴が自分の身に起きた大変な出来事を何もかも見透かしているのかと思ったが、良く考えればもう出勤していなければいけない時間だった。
いつまでたってもシアターに現れない自分を、昴は心配したのだろう。
「へ、返事……」
なんとかこの窮状を伝えようとするのだけれど、ただ開くだけでも困難だったのに、文字を入力するなど無理な話だった。
「うわーん!」
焦れば焦るほど、画面はめちゃくちゃになっていく。
「どうしたの? しんじろう」
「この機械を操作したいんだけど、猫の手じゃ無理なんだ……」
「ボク、できるよ」
大河は三角の耳をしょげさせて首を振る。
「無理だよ……」
「にんげんなら。できるんでしょ?」
「それはそうだけど、ぼくもシロも猫じゃないか」
大河がそう言うと、シロは黙って立ち上がり、わずかに首を上向ける。
目を閉じ、何度か深呼吸したかと思ったそのときだ。
シロの小さくしなやかな体が、急に膨らんだように見えた。
猫だった物体はゆがみながらぐんぐん伸び、最後に周囲の光を集めるようにさっとかがやくと、一気にはっきりとした形を現す。

 「な……っ?!」
「ね、これなら、つかえるよ」
大河の目の前には、さわやかに笑う、真っ白な髪の青年が素っ裸で立っていた。

 

 

TOP 漫画TOP キャットテイル1へ 前へ 次へ

白い髪の少年と聞いて誰を思い出すかでその人の年齢がわかったりしますか。

 

 

 

inserted by FC2 system