キャットテイル 6

 

 大河はまず、自分の今の状況を整理しようと試みていた。
頭の中が大混乱していてまともな思考ができなかったからだ。

 まず、目の前の猫はどうやら普通の猫じゃない。
人間を猫に変えてしまうほどの力を持っていたようだ。
不思議な瞳の色といい、外見も変わっているけれど、日本にいた頃の子どもの大河も知っていた。
子供の頃の自分と、この猫は出会った事があるらしい。
自分を助けて名前をつけてくれたのだと、暫定的な呼び名、「シロ」はそう言う。
その名前を思い出せば、人間の姿に戻してくれると、シロ本人は約束してくれた。

 シロは大河が考え事をしている間、ずっと自分の真っ白な毛皮を丁寧に毛づくろいしていた。
その余裕たっぷりの姿を眺め、大河はふう、と溜息をつくと、立ち上がってキッチンへと向かう。
無論、四本足で。
「どこいくの? しんじろう」
「とりあえず何か食べないと」
何か腹に入れて、落ち着いてからゆっくりとこの猫の名前を思い出したい。

 シロはサッと立ち上がり、キラキラと瞳を輝かせて大河の前に駆け寄った。
「たべものならそとでもとれるよ?」
「とれるって……?」
嫌な予感が頭を過ぎる。
「すずめとかだよ。はとやかもめはおおきすぎるけど、しんじろうがたべたいならがんばってもいい」
予想通りの返答に、大河はその場に転がりそうになった。
気を取り直して猫を宥める。
「狩りをしなくても台所に食べ物が沢山あるから」
「えーつまんないの。かりをするのがたのしいのにさ。しんじろうもきっときにいるよ、ためしにそこからみてみなよ」
シロは体重を感じさせない動作でキッチンの窓に助走もなく飛び乗った。
躊躇ったが、大河も試してみると、造作もなく同じように窓枠に着地した。
自分のスムーズな動きがひどく心地よくて大河が戸惑っていると、シロはついと顎をしゃくる。

 窓辺から見える風景は、見知った街とはまるで違って見えた。
青い空は刻々と色を変え、眼下の芝生を虹のように輝かせていた。
その芝生の上、無防備にエサをついばむスズメの群は羽の一枚一枚が生き生きと脈打っている。
日の光が空から降り注ぎ、小鳥達の動きはスローモーションのように大河の瞳に届いた。
「あっ……」
思わず声が出る。
窓辺から飛び降りて、あのスズメの群れに飛び込みたいと思ってしまったから。
シロは得意げに頷いた。
「ね、すごいでしょ?」
「うん……。でも……」
いま理性を失ってスズメを狩れば、人に戻れない気がした。
大河はぷるぷると首を振り、頭の中をめぐる雀たちの鮮烈なイメージを追いだした。
「狩りも楽しそうだけど、今は家のご飯をたべようよ。うちにあるものだっておいしいよ」
そう提案すると、シロはさして未練なさげに窓辺から降り、大河の体にすりよった。
「しんじろうがそうしたいならそうしよう。おなかがいっぱいでも、かりはたのしいし。ああ、たのしみだなあ」

 大河はキッチンで、冷蔵庫の前に立っていた。
料理は絶対に無理だ。
渾身の力を込めて扉をあけると、ミルクと野菜類、それに豚肉が入っていた。
肉はこのまま食べるわけには行かない。
シロはこのままでもかまわないと言いそうだけれど、大河は冷蔵庫の中を見た瞬間に、生肉を選択肢から外した。
ミルクの入ったプラスチックのボトルを大河は口で咥えてひっぱりだした。
続けて流し台の上に飛び乗って、シリアルの箱を落とす。
ここまでは順調だったけれど、大河は行き詰ってしまった。
皿が取り出せなかったのだ。
食器棚の扉を開ける事は出来ても、猫の小さな口では落とさずに皿を取り出す事が出来ない。
「どうしたのしんじろう?」
しょんぼりしている大河を見て、シロが顔を覗き込んできた。
「あれを出したいんだけど、無理みたいだから……」
「あんなのいらないよ。ゆかにだしちゃえばいいよ」
大河がとめる間も無く、シロはシリアルの箱をひっくりかえした。
ザッという音と共にシリアルが床にちらばった。同時に香ばしい匂いが広がる。
続けて牛乳にも手をかけようとしたので、大河はすかさずボトルを押さえた。
「これは入れ物がないと飲めないよ!」
床をミルクまみれにしてしまったら、大家に追い出されてしまうかもしれない。
そうじゃなくとも、床に零れたミルクを舐めるなんて、絶対に嫌だった。
シロは首をかしげ、流し台をみあげる。
「じゃ、みずはあそこからちょくせつのもう」
こだわりなくそう言うと、床に散らばったシリアルを軽快な音を立ててサクサクと食べ始めたのだった。

 

 

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動いているいろんな物が獲物に見えるんだろうなあ。

 

 

 

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