キャットテイル 4

 

 大河はその日、猫を抱いたままベッドに入った。

 本当は昴に猫が戻ってきたとメッセージを送るつもりだったのだけれど、文字を入力しようとすると猫が擦り寄ってくるので結局諦めた。
いずれにしろ、明日には報告できるのだからあわてなくともかまわないだろうと思った。
あいていた段ボール箱にクッションをしいて猫の寝床を臨時に作ってやったのだが、真っ白な猫は箱を覗いて感謝するように鳴いて見せたものの、その中で眠る事はなく、自分からベッドに上がってすぐに丸くなってしまった。

 それで結局、大河は猫を抱いて寝た。
猫と一緒に眠ったせいか、大河はその日猫の夢を見た。
白い猫が大河に向かって人間の言葉で話しかけてくる夢だ。
猫は大河にすりよって、碧と蒼の両目を細めうっとりと見上げてくる。
「ぼく、しんじろうがだいすきなんだ」
頭をぶつけるようにして、強い力で大河に体を押し付けてきた。
けれども大河には、猫にそんな風に好意をよせられる覚えがなかった。
確かに助けてあげたけれど、昴やサジータだって、猫を助けようと思う気持ちに違いはないはずなのに。
「しんじろうはおぼえてないけど、ボク、こどものころにも、しんじろうにたすけてもらったことがあるんだよ」
「そうだったのかぁ……」
大河は首をかしげる。
子猫を助けた事などあっただろうか。
猫は頷くと、切実な口調で言葉を続けた。
「ぼく、しんじろうといっしょにいたい。ほかのひとにあげたりしないで」
「でもこのアパートでは猫を飼っちゃいけないんだよ。残念だけど一緒にはいられないんだ」
大河の言葉の意味を、猫は理解しようと必死な様子だ。
「ぼくが、ねこだから?」
「そうだね、でも人間だったとしても、一緒には住めないよ」
「えー……?」
不満そうな声に、猫特有の、にゃーう、と言う声が重なる。
大河は苦笑して、猫の小さな頭をなでてやった。
「人間は色々ややこしいんだよ。急に誰かと一緒に住んだりはできないんだ」
「しんじろうがねこだったらいっしょにいられる?」
首をかしげ、瞳を輝かせる猫に向かって、新次郎は微笑む。
「ぼくが猫だったら、かあ。それだったら、一緒に冒険したりできるかもね」
夢の中、新次郎は想像した。
自分が猫になって、小鳥をおいかけたり、高い塀に登って駆け回ったりしている場面を。
縁側でひなたぼっこしていた、近所の猫の姿も思い出した。
「猫って、楽しそうだもんね」
「そうだよ、にんげんなんかより、すごくたのしいよ。いっしょにいられるし、そうだよ、しんじろうがねこになればいいんだよ」
嬉しそうにそう言うと、猫は大河の腕の中に飛び乗って、満足そうに喉を鳴らした。

 

 翌朝、大河はベッドの中で思い切り手足をつっぱり伸びをした。
「ん、ん〜〜〜……」
指の先端までぐっと伸びる感触が心地よい。
なんだか今日は、遅刻してもかまわないからもっと寝ていたい気分だ。
「んにゅ……」
体を丸め、ふとんを引き寄せる。
心なしか布団がいつもより重かった。
「しんじろう」
「ん……」
「しんじろう、おきないの?」
「おきない……」
「あさごはん、つかまえにいこうよ」
「んん……? 朝ごはんを、……捕まえに?」
大河はガバッと起き上がった。
部屋には自分しかいないはずだから、誰も話しかけて来ないはずだし、その上朝ごはんを捕まえにいこうなどと、わけがわからない言葉を聞かされて目が覚めた。
正面には、きちんとお座りした白い猫。
「なんだ、寝ぼけてたのかあ……」
大河は呟いて再び布団に体を倒す。
猫がしゃべったように思えた。
起き抜けに夢の続きを見ていたのかもしれない。
すると、白い猫は首をかしげて丸い手で大河の頬を押した。
「ねぼけるって、なあに?」
「?!」
「はやくおきて、あさごはんをとりにいこうよ! いっしょに!」
「ね、ね、ね、ねこがしゃべった!」
大河は仰天のあまりベッドから転がり落ちてしまった。
「あははっ、しんじろう、ねこのくせにおっこちるなんて、おもしろいなあ」
「ぼくは猫じゃないよ!」
そう叫んでから、大河はつい、確認するように自分の姿を見下ろし、見慣れた右手が真っ白でふわふわした獣の足に変わっている事に気づく。
「な……?! なっ……?!」
振り向いて背中を見れば、これもまた白い毛に覆われていた。
大河が拾ってきた猫は、大河が自分の体を見て硬直している様子を別段気にもせず、自分の前足を舐めながら大人しく待っている。
「なんでっ、ぼく、ねこっ?!」
ひっくりかえった声で問われて、猫は不思議そうな顔。
「だってゆうべねこになりたいって、しんじろういってたじゃないか。ぼくしんじろうがねこになれるように、すっごくがんばったんだから、これからはずっといっしょにいられるよ」
昨晩の夢の内容を思い出し、大河は青ざめた。
もっとも、白い毛皮に覆われた猫の顔では、青ざめてもわからなかったのだけれど。
そして大河はは正真正銘、猫の声で悲鳴をあげたのだった。

 

 

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にゃーって言ったんだなあ。

 

 

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