キャットテイル2−13

 

 新次郎はベッドの上で思い切り伸びをした。
「くはあー」
大きな口をめいっぱいあけてあくびをし、ぷるぷると首をふる。
ハルはまだ隣で眠っていたが、昴の姿はない。
そういえばサジータさんも泊まったはずだったと思い出し、彼女がいるはずのソファに視線を移して絶句してしまった。
サジータは昴であるところの黒猫をギュッと両手で抱きしめ、両足を投げ出した大胆な格好で爆睡していた。
拘束されている昴は身動きが取れないことが気に入らないのか、長い尻尾を不機嫌そうに揺らしている。
「昴さん、おはようございます」
サジータを起こさないように、大河はひかえめににゃーおと昴に挨拶した。
「おはよう。……すまないが大河、サジータの腕を持ち上げたいんだ。協力してくれないか」
「あ、はい」
大河はソファに飛び乗り、サジータの腕と昴の体の間に頭を押し込もうとした、その時。
「うーん、猫ちゃーん……」
むにゃむにゃと寝言を言ってサジータが寝返りをうった。
「わひゃあー!」
あっというまに大河は寝返りに巻き込まれ、気がつけば昴と共にサジータの腕の中だった。

 「君まで捕まってどうする……」
呆れたように昴はつぶやき、しかしさっきよりも幾分機嫌がよさそうだった。
声の中に苦笑の微粒子が含まれているのが証拠だ。
自分の置かれた状況が面白くなってしまったのだろう。
しかしいつまでもこのままでいるわけにもいかない。
「あの、サジータさんを起こしますか?」
「そうだな……」
昴は大きな声で、にゃーと声をだしてみた。
しかし夜中ずっと寝ずにいたサジータは目を覚まさない。
今度は大河も手伝って、にゃーおにゃーおと訴えてみるのだが、サジータは一向に起きる気配がなかった。
そのうち騒々しさにハルの方が目覚め、二人の様子を見てまた不機嫌そうに眉を寄せる。
「なんでみんなだけ仲良くしてるの?」
「好きでこんな状況になっていると思うのか? 悪いが彼女の腕を持ち上げて僕たちを解放してくれ」
めんどくさそうな顔をしたハルだったが、大好きな大河も一緒に拘束されているのは面白くなかったようで、サジータの腕から二匹を開放してくれた。

 

 昴は床に飛び降りるとプルプルと体を振った。
ふう、とため息をつき、いまだに眠りこけているサジータをうらめしげに見上げる。
「すっかり毛がボサボサになってしまった……」
無性に体を舐め回したいのだけれど、昴は己の衝動をこらえた。
声に出して文句を言わなかったら、きっと無意識のうちに体を舐めていただろう。
なんとか人としての矜持を保ったと安堵のため息をつきそうになった時、目に入った光景にぎょっとする。
「大河、何をしているんだ!」
「ふえ?」
相棒の大河新次郎は自分の白い体をせっせと舐めて毛を整えている真っ最中だ。
「だって、ぼさぼさで……」
「君は人間だろう! 自分を舐めまわしたりするな!」
「あ、えへへ……」
ごまかすように大河が笑うと、ハルはすかさず大河ネコを抱き上げた。
「しんじろうはわるくないよ。けがぼさぼさならなめるのがいちばん。ほっとくほうがきもちわるい」
擁護されたが大河は心配そうにハルをみあげる。
「でもハル、ぼくを舐めたりしないでね」
「うん。ざんねんだけど、ボクいまにんげんだし、にんげんて、べろがつるつるなんだもん。なめても、よだれがつくだけで、けはきれいにならないよ」
「そ、そっか」

 大河とハルがやりとりしている間に、昴はいつの間にか洗面所で櫛を咥えて戻ってきていた。
ハルに差し出し、彼が受け取ると背中を向ける。
「サッとでいい、なでつけてくれないか」
「べつにボサボサじゃないよ?」
そういいつつも、珍しくハルは昴の願いを聞き入れて毛を梳かしてくれた。
「ボク、しんじろうにこうやってもらうのだいすきだったんだ。すばるもこんどしてくれる?」
「元に戻ったらね。それにしてもサジータは目を覚まさないな」
「朝ごはん、どうするんでしょうね」
そのために泊り込みを強硬したはずなのだが、彼女はまったく目を覚ます気配がない。
近寄るとまた捕まってしまうかもしれないので、大河も昴もサジータに近づこうとしなかった。

 ネコになってしまってから、なぜだかサジータがなんとなく恐ろしい。
嫌いではないのだが、なんだかちょっと近寄りがたい。
三人は顔を見合わせ、彼女をこのまま寝かせておこうということで、無言のまま同意したのだった。

 

 

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昴ネコ捕まる。

 

 

 

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