キャットテイル2−14

 

 「あーあ、なんでお前らすっかり元にもどってんだよ」
サジータはブツブツ文句を言いながら、大河が用意したトーストを食べた。
たっぷり眠って、今日も猫たちをかわいがってやろうと思っていたら、目が覚めたとき部屋の中に優雅な獣は一匹もいなくなっていた。
代わりに呆れ顔の人間が三人。
「君が昼まで寝こけているからだ。そんなにいつまでもネコのままのわけがないだろ」
昴は隣で涼しい表情のまま食後のコーヒーを飲んでいる。
「でも、ネコも楽しいですよね、いつもと景色が違って見えるし」
「だよね!」
大河の隣にぴったりくっついて座っている青年は、それこそゴロゴロと喉を鳴らしそうな勢いで大河にすりよった。
「ハル、君はいつになったらネコに戻るつもりなんだ?」
「まだいいじゃん。ねこになっちゃうとことばがつうじないんだもん」
「この部屋の同居許可を貰ったのはネコであって人間じゃないんだぞ」
昴の言葉に、ハルはベーっと舌を出し、大河に抱きついた。
「いつでもハルの言葉がわかるといいのにね」
「あ、でも、できるかも」
ハルはピョンと椅子から飛び降りると、大河のひざに手を乗せた。

 銀髪の青年はたちまち真っ白なネコの姿になって、大河のそろえた足の上に鎮座ましていた。
そして、にゃーお、と甘い声でなく。
「あっ、わかる、ハル、すごいや」
大河はコクコク頷くと、満足げなネコを抱き上げて、ぎゅっと頬を押し付けた。
「今のがちゃんと言葉になって聞こえたのか?」
不審げな昴に大河は笑みを返し、
「今、ハルは、ぼくのことばがわかる? って聞いたんです」
「そんだけかい? そんなならあたしにも、なんとなーく雰囲気でわかったような気がするけど」
サジータも呆れ顔。
しかしハルも大河も二人に抗議したりせず、白いネコは大河のひざの上で丸くなり、やがてすやすや眠ってしまった。

 なんとも言えず平和な光景は、見ているだけで昼間だというのに眠くなってくる。
目覚めたばかりでまた寝てしまうわけには行かないと思ったのだろう、サジータはよっこいしょ、と、おっさんくさい声をかけて立ち上がった。
「さてと、じゃああたしもそろそろ帰ろうかな。またあとでネコを触らせておくれよ」
「あ、えーと、は、はい」
「なんだその歯切れの悪い返事は!」
サジータがネコにとってなんとなく脅威的な存在であると知ってしまった大河には、安易にかわいペットを差し出せなくなっていた。
昴も苦笑する。
「サジータ、君は強引すぎるんだ。ネコにはもっと自然体で近づいたほうがいい」
「そんなの無理に決まってるじゃないか。かわいいかわいいにゃんこちゃんが目の前にいるんだぞ、あー! もう! 辛抱たまらん!」
その場でジタジタと足を踏み鳴らしたが、さすがに眠っている猫に手を出すのは気が引けたのか、サジータは何度も自分の頬をひっぱたいて部屋を出て行った。

 「あ、サジータさん、かばん忘れてますよ、かばん!」
大河はひざの上のハルを、そーっとベッドに移動してから、慌ててサジータを追いかけ部屋を出て行ってしまった。
残された昴はハルの隣に腰掛ける。
「おきているんだろう、ハル」
返事はなかったが、昴は気にせず言葉を続けた。
「大河が無事に戻ってきたのは君のおかげだ。ありがとう」
耳を撫でてやると、真っ白なネコは初めて、昴の手のひらにその小さな頭を押し付けてきた。
「ハル、僕の予想では、今回も君はそんなに長くその姿を保っていられない。器に対して使用する力が大きすぎるんだ」
やわらかな毛を撫で続けながら、言うべきかどうか悩んでいたことを口にする。
しかしネコはそんな事は最初からわかっているとでも言いたげに、わずかばかり髯をそよがせただけだった。
昴は苦笑し立ち上がる。
「じゃあ僕ももう戻る。大河を頼むよ」
目を瞑ったまま、ハルはニャオと小さく鳴き、尻尾をかすかに揺らした。

 

 昴が玄関を出ると、戻ってきた大河と顔を合わせた。
「あれっ昴さん、帰っちゃうんですか?!」
「うん。あんまり長居してもね。君は大変だったのだから、少し休養するといい」
「せっかくなんですから、ゆっくりしていってくださいよ」
「いや……、今日はやめておく。お手柄は僕じゃなくてハルだから、彼への褒美だ」
「へ? 褒美?」
大河がきょとんとしている間に、昴はウィンクしてその場を立ち去ってしまった。
数歩歩き、振り向いて。
「でも今日だけだ! 明日からはもう君を譲ったりしないとハルに伝えておいてくれ」
明日もまた、あの生意気なネコが今日のまま残っているかはわからない。
目に見えない存在であっても、常に大河を守っていることだけは確かなのだから。

 

 

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またいつか続きを書くかもしれませんが、一応終わりです。

 

 

 

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