キャットテイル2−10

 

 大河の家で、三人は何を食べるべきか話し合いをしていた。
「なんかとりにいこうよ! よるはとりもねててつかまえやすいんだ」
「却下」
「じゃ、あの、パンならありますけど」
「パンねえ……」
黒猫昴は自分の白い前足を眺め、爪をひっこめたり出したりしてみる。
確かに狩りへの欲求はあった。
木の上で安眠をむさぼっている小鳥に飛び掛る自分を想像すると背筋がゾクゾクした。
しかしそれをしたらいよいよ自分がネコに近づいてしまう気がする。
それに、大河は昴より狩りへの欲求が薄い気がした。
彼はいそいそと台所に走っていくと、パンの包みを咥えて戻ってくる。

 「焼かなくてもおいしいですよ!」
「ボク、それあんまりすきじゃないなー」
「ハムを乗せるのなら、ハルにもできるよ。ねえハル、冷蔵庫、あけてみて」
大河は冷蔵庫の扉を前足でほむほむと叩き、ハルを呼んだ。
中に入っていたハムは、スライスされていない丸々とした状態だったので、昴は苦笑した。
「大河、それを切るのって、ハルには難しいんじゃないか?」
「きるのぐらいできるよ」
冷蔵庫からハムを取り出したハルは、大河に言われるまま、まな板を取り出し、包丁を手に取る。
しかしここで大河の方が心配になってきたようだった。
「ね、ねえ、ハル、やっぱり切るのはやめようか……」
「だいじょぶだよー」
にこにこ笑って、ハルは包丁を振り回す。
「いや、やめておけハル」
昴も今度は真剣に静止した。
「怪我などしたら大変だ。指を落としてもくっつけることはできないんだぞ」
さりげなく怖いことを言うので大河が震え上がってハルに向き直った。
「みんなでかじればいいよ。ねっ」
「そうかなあ、へいきなのにさ。でもかじればいっか」
こだわる様子のないハルに、昴も大河もホッとする。

 焼いていない食パンと、丸のままのハムをめいめいにかじりつくというワイルドな夕食に昴は軽く天井を仰いだがどうにもならない。
自分はパンだけにしようか、などと思案していたときだ。
「おーい、夕飯かって来てやったぞー」
玄関ドアの向こうから聞きなれた声。
「サジータさん?」
大河はハッと耳と尻尾を立てて扉に走りよる。
しかし扉が開けられるわけではないのでハルを見上げた。
「あけてあげて、ハル」
「えー、あのひと、やたらさわろうとするからやだなあー」
ネコらしい意見。
「大丈夫だハル。君は今、人間の姿をしているから、彼女もむやみに触ったりしないだろう」
むしろ自分たちの方が危険だ。
しかし、サジータがいれば夕食の問題が一気に片付くのも事実。

 ハルがしぶしぶ扉を開けると、そこには満面の笑顔でサジータが立っていた。
昴も大河も、そんなふうに笑うサジータをみたのは初めてだった。
なんというか、まさしく、かわいらしい小動物を目の前にした女性の顔だ。
「おー、新次郎、さっきドアの前でにゃーにゃー言ってたのお前かー」
その満面の笑みのまま、サジータは大河を抱き上げる。
「あっ」
ハルがすかさず嫌な顔をしたが、サジータに近寄ってまで大河をとりかえそうとはしなかった。
「サジータ、彼は大河なんだ。むやみに抱き上げるな」
「おっ、そっちは昴だったね。うーん、昴でもネコになるとやっぱかわいいな」
全然話が通じないので昴は黙った。
自分の声は、サジータにはにゃあにゃあというかわいらしい物でしかないのだ。
代わりにハルに向き直る。
「ハル、彼女に、夕飯の支度を頼んでくれ」
しかしハルが嫌々通訳をするまでもなかった。
サジータは持ってきた茶色の紙包みを広げ、次々テーブルに並べていく。
彼女が持ってきた品々を目にした昴は前足で額を押さえた。

 「やっぱネコ缶だよなあー」
サジータの片腕の中では、大河が目をまんまるにしている。
過去、昴は大河がネコになってしまった際、彼のためを思ってネコのえさを購入してきたのだが、激しい拒否にあって中止した経緯があった。
だからあまりサジータを非難できないのだけれど、実際自分がネコになってしまえばこんな屈辱はない。
サジータの腕の中で、大河が、にゃおにゃおと鳴きはじめた。
「おっ、食べたいか新次郎」
白猫が一生懸命首をふる。
「あれ? いやかい?」
今度はぶんぶん縦にふる。
「なんだい、栄養のバランスばっちりなんだよ? ほら、ネコちゃんには最高のご馳走! ってここにもかいてあるじゃん」
サジータは大河の拒否の姿勢をものともせず、セッセと缶を開封していく。
目を光らせたのはハルだ。
「ボク、それ食べてもいい?」
「あんた今は人間じゃないか。腹こわすんじゃないか?」
「へいきだよ」
サッと缶詰を奪ったハルは念入りに匂いをかいでから、舌先でそっと湿った食事をなめた。
「わるくないみたい」
言いながら、大河の鼻先に缶を差し出したが、大河はのけぞって拒否の姿勢。
そのまま素早くサジータの腕からも逃れテーブルの上に飛び乗った。
サジータがあきれたように台所からスプーンを調達してきてハルに渡し、彼がしみじみそれを味わう様子を眺めると、今度は黒と白のネコに向き直る。
「で、あんたらは何たべんの?」
そこでようやくサジータは、昴が前足で指し示す先に置いた、大きなハムに気がついた。

 

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昴さんは大いに力が抜けたことでしょう。

 

 

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