キャットテイル2−9

 

 整った容姿の美青年が、白猫と黒猫を抱いて上機嫌で街を歩く様子は人目を引いた。
青年は銀の髪を無造作に風になびかせ、足の運びも軽やかに颯爽と歩く。
足と鼻先の白い黒猫は、抱かれているというよりは彼の肩にオウムのように留まっていた。
まっすぐに立ち、ぐらつくこともなく、堂々と周囲を見渡す。
白猫の方はおとなしく青年の腕の中で丸くなっている。

 青年は時折なんでもない街の装飾に気をとられたり、散歩中の犬に眉をひそめたりしたが、そのたびに黒猫が小さく声を出し、しぶしぶといったようすで歩みを再開した。

 通常の所要時間の二倍をかけて、三人、正しくは一人と二匹はシアターへたどりついた。
なんの躊躇もなくハルは扉をくぐり、ホールにいたジェミニを慌てさせた。
「あっ、……ええっと、ハルくん!」
ジェミニは駆け寄り、銀の髪の青年の腕をひっぱった。
「みんな心配してたんだ。新次郎と昴さんはどこ?」
とたんに、ハルと一緒にいた猫二匹がそれぞれニャオーと声を出す。
「こっちのくろいのがすばる。しろいほうがしんじろう」
ハルはにこにこと笑顔のまま、腕に抱えた白猫に愛しげに頬をすりよせる。
「ようやくまたあえたんだ」
心底幸せそうにつぶやかれてジェミニは困惑顔だ。
とにかく彼らをひっぱって、ジェミニはみんなが集まっているテラスへ連れて行った。

 「お前、どこいってたんだ!」
ハルの姿を見るなりサジータが席を立って怒鳴った。
しかしそれと同時に頬が緩む。
「なんだその猫!」
白猫はさっきのように、にゃおーと返事を返し、黒猫はハルの肩から降りてテラスのテーブルの上に音も立てずに飛び乗った。
そしてサジータに向け、フン、と鼻を鳴らし、ハルに向けては顎をしゃくってみせる。
「もー、すばるはわがままだなー」
しかし黒猫は返事を返さず、尻尾を体に巻きつけるようにしてきちんと座った。
「この猫、昴っていうの? あははは、悪趣味な名前」
途端に黒猫がサッと前足をひるがえし、サジータの手のひらには薄く猫の爪あとが三本残った。
「いてー! 凶暴な猫だなこいつ!」
すかさず手を引いたが、良く見れば流血はしておらず、薄皮だけが綺麗に裂かれ、なんだか絶妙な攻撃具合だ。

  「とってもきれいな猫さんですね」
ダイアナは手を伸ばし、黒猫を撫でてやろうとしたが、猫はこれも慎み深く身を引いて拒否した。
「あらあら、あんまり人に慣れていないのかしら」
「リカもだっこしたーい!」
ハルの抱いている白猫にリカは近づいたが、こちらはハルが渡さなかった。
「しんじろうはぼくのだよ」
「今度は新次郎かい。そんで、その昴と新次郎本人はどこにいるんだ?」
サジータが聞くと、黒猫が長々とため息をつき、白猫は困ったようににゃおんと鳴いた。
「にんげんって、ほんとににぶいよね。あっ、しんじろうはちがうよ!」
呆れたようにハルは言うと、抱いていた白猫をテーブルに乗せてやった。
「くろいほうがすばる、しろいほうがしんじろう。ねこのからだのほうがつごうがよかったから、ボクがねこにかえたんだ」

 一瞬、星組の面々はお互いの顔を見詰め合ってしまった。
なんとリアクションしていいか迷ったのだ。
信じて驚くべきか、無視して二人の居場所をあらためて追及するべきか。
しかしリカはハルの言葉を疑わなかった。
「おー! すばる、しんじろー、ネコになっちゃったのか!」
すばやく手を伸ばし、大河のネコの頭を撫でる。
「リカもネコになってみたいなー」
おとなしくしている白猫を見て、口を挟まず黙っていたサニーサイドが片手をあげる。
「仮にこの二匹が昴と大河君だとして、ちゃんと元に戻せるんだろうね」
「もどせるけどきょうはむりだから、ねこのまんまできたんだ。ほんとはいちにちねてるつもりだったのにさ、すばるがどうしてもいくっていうから。たぶんあしたはにんげんにもどせるよ」
ハルの説明の間、黒猫はテーブルに座ったまま目を閉じていた。
しかし話が終わると立ち上がり、あいている椅子に座って前足を机にかける。
そして短く、にゃ、と鳴き、全員の顔を見渡した。
「あーこれはほんとに昴っぽいね」
サニーサイドは面白そうに肩をすくめ、傍らで苦笑しているラチェットに、
「ネコでも出来る仕事ってある?」
と聞いて全員の白い視線を浴びた。
「バカいわないで。とにかく昴、大河君、そのままでは何もできないんだから、今日は帰っていいわ。その代わり、そこの君」
ハルに厳しい視線をやり、
「明日、必ず二人を人間に戻しなさい」
「うん。じゃ、かえろっか、しんじろう」
途端に、黒猫昴がフッと短く抗議の声をあげた。
「だって、すばるのいえはちがうとこじゃん」
にゃおにゃおにゃーと、厳しい様子の声で黒猫が何事かしゃべると、白猫新次郎もハルに向けて、にゃーおと鳴いた。
「わかったよ。しんじろうがそういうならしょーがない。さんにんでかえろ」

 帰っていく彼らを見送って、サジータは頬杖をついて苦笑した。
「さっき、あいつら何の会話をしてたんだろうね」
それを聞いたジェミニが立ち上がり、ハーイと手を上げた。
昴のような低い声で、
「二人きりでは心配だ、僕も連れて行け! それにこんな格好でホテルに帰れるわけがないだろう!」
続けてのんきな口調に変わる。
「そうだよハルー、みんなでアパートに帰ろう?」
そしてパッと顔を輝かせ笑った。
「きっとこんな会話だよ!」
「まあそんなとこだろうね……」
かなり的を射ていると思われるジェミニの一人芝居にみんな笑った。
しかし、たとえ昴と新次郎であろうとも、目の前のネコに触れられなかったサジータは残念そうな表情のまま三人が去っていった方向を見つめていた。

 

 

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たぶん90%ぐらい正解だ。

 

 

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