キャットテイル2−8

 

 大河は充分に睡眠をとったときの心地よさと共に目が覚めた。
ううーんと足を伸ばし、周囲を見渡す。
ベッドに自分以外の誰かが寝ていると気づいたのはその瞬間だ。
「わひゃあー!」
声を出して飛び起き、同時に相手が誰なのかも認識する。
「ハル!」
「ふあー、しんじろう、もうおきるの?」
「ハル! どうして……!」
叫びながら、自分の体の異変にも気づいた。
「わひゃー!」
「さっきから騒々しいな」
涼しい声に振り向くと、足と鼻先だけが白い黒猫が優雅に歩み寄ってくる。
大きな瞳をまんまるにして、大河はポカンと口をあけた。
「じゃあ夢じゃなかったんだ……」
「夢って何が?」
昴とハルとに同時に聞かれ、大河はペタンとベッドの上に座った。
「ぼくと昴さんが猫になって、ハルはなんでか人間で、うちに帰って昼寝しようとかいう夢ですよ」
それを聞いてハルは面白がって転げ周り、昴はふぅ、と短くため息をついた。
「残念だけど夢じゃない」

 「全然おぼえてません。セントラルパークで任務を遂行してたのは覚えてます」
「地脈に吸い込まれていた間のことは?」
大河であるところの白猫はぷるぷると首を振る。
透明なひげが首の動きにつられてしなやかに揺れた。
「ふうん、あの中は距離も時間も狂っているようだったから、もしかしたら君の中の時間は行方不明になった瞬間から一秒たりとも進んでいなかったのかもしれないな」
「みんなに心配かけちゃいましたね」
「そうだぞ、ところで……」
昴は金の瞳をスウと細め、黒い耳をピクリと動かした。
「なぜ君はその男にいつまでも抱かれたままなんだ」
「えっ?!」
ハルは大河をひざのうえに抱っこしたまま放さず、ソファに座っている今も、満足そうな表情で二人の会話を聞いていた。
「すばるもだっこしてほしいの?」
「ごめんこうむる」
きっぱり断って、再び大河を睨んだ。
「わひゃっ、お、降ります降ります」
「だめだよしんじろう」
ひざの上から降りようと足を伸ばすと、すかさずハルが腕をからませてくる。
「ハ、ハル、だめだったら。……」
じたばた暴れると、あらわになったおなかを撫でられて、なんともいえぬ心地よさにうっとりしかけ……、
「ゴホン」
わざとらしい昴の咳払いにハッとなる。
「ハル! 降りるから!」
「もー、すばるがもんくいうからだよ。ひさしぶりにしんじろうといっしょなのにさ」
ぶつぶつ文句をいいつつ、ハルは大河を開放した。

 「そもそも僕たちがいつまでも猫の姿でいる理由はない。早く人間に戻してもらおう」
「もどせるけど、きょうはもどせないよ」
「は?!」
ついすっとんきょうな声を出してしまった昴に、ハルはあくびで答えた。
「あんまりむりすると、ボクまたすぐにきえちゃうもん。きょうはいっぱいちからをつかったからおやすみ」
「しかし……」
昴は言いかけ、言いよどむ。
確かにハルは、先日エネルギーを使い果たし、亡霊のような存在になってしまっていた。
そのせいで大河がしょげかえり、今も毎日自分の猫のために、部屋を出入りするたびにいってきますだのただいまだのと挨拶していることを知っている。
無理をさせてまたこの生意気な猫が消えうせたなら、さぞかし大河が消沈するだろう。

 案の定、会話を聞きながら大河は不安そうな表情を隠さない。
耳がぺたりとうしろに下がり、ヒゲもしおしおと元気がない。
「ぼくならまだ猫のままでも我慢できるから、無理はしないでいいよハル」
「ありがと、しんじろう、あしたになったらもとにもどしてあげるからね」
やり取りに昴は盛大にため息をついたが、それ以上文句は言わなかった。
「仕方がない。その件は了承しよう。しかし……」
昴は自分の白い前足を眺め、ひっくりかえして肉球も眺めた。
「シアターに戻らないとな。僕はランダムスターも現場に置いてきてしまった。まったく、猫になってしまったせいで、何かおかしい」
正常の昴だったなら、絶対にスターを放置などしないはずだった。
しかしそれを聞いた大河は眼を輝かせて頷いている。
「でしょでしょ! なんだか、いろんなことから自由だーって気持ちになりますよね!」
「調子に乗るな。それにこれはあまり良い兆候じゃないぞ。長く猫のままでいれば、戻ってからもきっと精神的に悪影響があるに違いない」
ぶつぶつと文句をいい立ち上がる。
「シアターにいくぞ。ハル、君もだ。君がいないと会話が通じないからな」
「わかった。じゃ、みんなでいこう」
言うなりハルは白い猫と黒い猫の両方をヒョイと抱き上げた。
「こらっ、放せ! 僕は自分で歩く!」
「いいじゃん、このほうがあぶなくないし、はなしもできるし」
昴の文句にまったく耳を貸さないまま、ハルは二匹の猫を抱いて歩き出した。

 

 

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ネコに順応しそうな予感のする昴さん。

 

 

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