キャットテイル2−7

 

 ハルは猫になっている大河を抱き、昴は足音を立てずに彼らの前を歩くという形で、奇妙な一行は大河のアパートに戻った。
大河は疲れきっているのか、ハルに抱かれたまますぐに眠ってしまった。

 ランダムスターは現場に置きっぱなしだったが、出発前に昴はハルに命じてなんとかシアターに自分たちが無事であるとメッセージを送らせた。
昴ではなくハルがメッセージを送ったことで彼らが心配しているだろうとは思ったが、昴自身たまらなく眠くてそれどころではなかったのだ。
「こんな風に四六時中眠くては、生存するのに不便なのではないか?」
ぶちぶちと文句を言うと、ハルは左右色の違う瞳を丸くする。
「やらなきゃいけないだいじなことがあるときはねむくならないよ。いちにちじゅうだって、ちっともねむくならない」
確かに、大河を救助している間にこんな睡魔は感じなかったけれど、昴は腑に落ちない気分で、フン、と鼻を鳴らす。
元の姿に戻ってシアターに戻ることも「大事なこと」のはずだったのだが、そのために行わないといけないと思われる、ハルとのやりとりがとても面倒くさく思えた。
そんなものは後回しで充分のような気がして。

 無事に大河の部屋に到着すると、ハルは大河をベッドにおろしてやり、自分はあっというまに衣服を脱いで素っ裸になるとベッドの中にもぐりこむ。
彼が性的な理由で全裸になったのではないとわかっていたが、裸のハルが大河と同じベッドに入るのが面白くなかった昴は、タンスを前足で器用にひっぱり、大河の浴衣を咥えてベッドにあがる。
「これを着ろ」
「やだよ、きゅうくつなんだもん」
「君が裸で寝ていると、大河が目覚めたとき怒ると思うよ」
「……」
実際には驚くことはあっても怒りはしないだろうと昴は考えていたのだが、大げさに言ってやるとハルはしぶしぶ浴衣を受け取り適当に身にまとうと再び横になる。
それでとりあえずは良しとして、昴もベッドに飛び上がった。

 いまさらながら、猫の身体能力に自分で感心してしまう。
なんの助走も必要ない。
力を入れた自覚もなかった。
ただ、あの場所に行こうと考えただけで、重力をほとんど感じないまま、体はベッドの上にあった。
「……あとでじっくり研究してみよう」
つぶやいて、すでに眠っている大河の隣に寄り添って丸くなる。
二匹の猫を抱きかかえるようにして腕を伸ばしたハルは、そのときにはすでに眠っていたようだ。むにゃむにゃと満足げに唇を動かしている。

 

 

 昴が目を覚ましたのは、窓辺を鳥が羽ばたいた音がかすめたせいだ。
真黒な耳がサッと動き、ピンクの鼻先がピクンと反応する。
顔を起こすと、目覚めたのは自分だけのようだった。
ハルは人間になって感覚が鈍くなっているせいか、それともたくさん力を使って疲れたせいかまだ眠っていた。
白猫大河も同様だ。
窓から見える景色は下で焚き火でもしているのではないかと思うほどオレンジ色の夕焼けで、流れる雲がユラユラと生き物のように幻想的に見えた。
「4時間というところか……」
結構な時間を昼寝に費やしてしまった。
昴はぴったりくっついている一人と一匹を起こさないように気をつけながらベッドを抜け出し床に飛び降りる。
飛び乗ったときと同じで自分の体重をまるで感じない。
人間である九条昴も、普段から身軽に動けるように訓練を行っているが、こんな風に苦もなく生来の能力としてそれが行える不思議に感動すら覚えた。
同時に理不尽な嫉妬も感じる。
猫ならばどんな落ちこぼれでもやすやすとやってのけられる行為を習得するために、人々がどんなに苦労していることか。
「鳥のまねをするよりはましか……」
命がけで日々訓練をかさねたところで鳥のように飛ぶことは不可能だ。
生物がそれぞれに持つ能力に嫉妬しても仕方がないと昴は苦笑し歩き出す。

 肉球に感じるじゅうたんの感触が面白い。
足の裏は実に敏感で柔軟だった。
四肢は細く長く、たよりないような見た目であったが、実際には柔軟な筋肉に包まれた素晴らしいものだった。
そのまま洗面台に飛び乗って、己の姿を観察する。
瞳は金色だった。
翠の光が入り混じり、人間にはありえない複雑な光を放っている。
歴史ある樹液の化石、琥珀の入り組んだ輝きを昴は思い出した。
予想していたように、鼻先は白く、額の辺りで筋となって消えている。
「この毛色はどういう理屈で決まるのだろう……」
ハルのイメージで決まるのか、それともその人物が先天的に持っている色なのか少々気になった。
どちらにしても、自分が美しい猫であることに間違いはないようだったので、とりあえずは満足して洗面台から飛び降りる。
猫にもさまざまあり、紐育の街中をうろつきまわる野良猫の中には、貫禄たっぷりのマフィアのボスのような容貌をした猫もたくさんいた。
しかしハルも大河も、均整の取れた細身の美しい猫だった。
もし己が普段街で見かける野良猫のような外見だったなら、大河が幻滅するのではないかと少々不安だったのだ。

 

 

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確かにいますが、昴さんがそれだったら大変だ。

 

 

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