キャットテイル2−6

 

 「おりてみる、すばる、ここをあけて」
昴が思案している間にハルは辛抱できなくなったのか、青と緑の瞳を細め、柔らかな前足でハッチを押した。
普通であればそんなに危険ではないはずだ。
昴も生身で確認するつもりだったのでハッチを開放したかったのだが、いかんせんネコの体では全体重をかけてもハッチのレバーがびくともしない。
苦戦する昴を見ていられなくなったのか、ハルは再び一瞬のうちにヒトに戻った。
「ああ、もう、しょうがないな! きょうはにんげんになったりねこになったり、からだがひっくりかえっちゃうよ!」
昴が手をかけているハッチのレバーをつかみ力をこめて押し下げる。

 人間の姿のままハルがスターから飛び降りた。
続けて猫の姿の昴が降りる。
ハルは筋の通った鼻を、美形には似合わぬしぐさでヒクヒクうごめかし、周囲の様子を探っているようだ。
そんな彼の姿を見上げてから、昴は地面に視線を落とす。
少し集中すれば、たちまちひずみに足を吸い込まれていきそうだった。
ハルは頷き、足を踏み出す。
「まて、まだ……」
静止する間もなかった。
細身の青年の体が足の先からたちまちのうちに透き通り、昴の視界から消えた。

 「くそっ、だから猫は!」
怒りもあらわに昴はフッと猫らしい怒りのうなりをあげた。
そのとたん背筋の筋肉に鳥肌が生じる時の様なざわざわとした感触が走り、ハッとなって振り向くと、背中の毛が天を突いて逆立ち、尾もタヌキのそれのように膨れている。
ため息をつきたい気分を抑え、ハルの後を追おうとしたときだ。
「すばるはきちゃだめ!」
「なに?!」
どこからかハルの叫び声が頭に響いて踏みとどまる。
「しんじろうをみつけた! でもひっぱりあげてくれるひとがいないと、でぐちがいっぱいあるからどこかちがうばしょにでちゃうかも」
怒鳴りたい気持ちをこらえ、昴は了解の意思を伝えた。
確かにさっきより大河の気配が濃いし、もしも万一、海の真ん中の竜脈にでも彼らが飛び出してしまったらおぼれてしまう。
道しるべのためにも、地上に戻るためにも、昴は意識を集中した。
ハルと同調するように心を合わせ、彼らの意識を掴み取るようにして慎重に掬い上げていく。
見失ってしまわないよう、細心の注意を払いながらも、二人が近づいてくる力を確かに感じた。

 「大河!」
ハルが変身した銀髪の青年と、その傍らに倒れる白い猫が、まるで亡霊のように芝生の上に現れ、徐々に透明度がなくなり、最後にはしっかりとした実像となって落ち着いた。
地面に横たわる白い猫を、ハルがひざをついて心配そうに見守っている。
「なぜ大河が猫なんだ!」
自分も猫のままの昴が叫ぶと、ハルは肩をすくめた。
「そのほうがはこびやすかったんだ」
「意識がないのか?」
「たぶん、ねてるだけだとおもうけど……」
ハルも不安なのか、いつものように気軽に大河を抱き上げたりはしなかった。
もし彼にいま尻尾があれば、きっとその精神状態を映してゆらゆらと揺れていたことだろう。

 昴は前足でそっと白猫に触れた。
あたたかいし、しっかり呼吸している。
脈拍も正常だ。
「大河」
声をかけ、やわらかい体を、これまたやわらかい前足で押してみる。
「大河」
目覚めないのではないかと不安になった時、白い猫のヒゲがぴりぴりと動いた。
「うーん……」
まぶたがかすかに痙攣し、前足でこするように顔を覆う。
「もーちょっと寝かせてください……」
完全に寝ぼけている様子を見て、昴は安堵すると同時に腹が立った。
「起きろ! もう昼過ぎだ!」
「えっ?! お昼すぎ?!」
ふにゃっと猫が驚いた時そのままの声を出し、大河はその場に飛び上がる。

 目覚めた大河は、まず目の前の、足先だけが白い黒猫を見つめ、続けて自分を見下ろすハルに気づいた。
「は、ハル?!」
「よかったーしんじろう、めがさめたんだね」
「君こそ! もう会えないかと思った! でもなんで、……あれ、それにここって外?」
きょろきょろ周囲を見渡して、ようやく自分の体に起きている変化にも気づいたようだ。
「わひゃあー! なんでぼくまた猫に……!」
「それは君がミスをおかしたからだ」
「わひゃあー! 猫がしゃべった!」
「黙れ大河、僕は昴だ」
「猫が、僕は昴だ、とか言ってる!」
「……」
黙ってしまった黒猫の、怒りをにじませた透き通る金の瞳に気おされて、大河はごくりとつばを飲み込む。
「も、もしかして、ほんとに昴さんなんですか?」
それに答えたのは昴ではなく、ヒョイと大河を抱き上げたハルだった。
「あははっ、へんなしんじろう、すばるにきまってるよ。それよりさ、しんじろうもかえってきたし、みんなでおうちにかえってひるねしたいな!」

 昴と大河は目を合わせた。
いつもとは違う瞳の色にお互いが一瞬と惑う。
こんな状況で家に帰って昼寝したいなどと、普段だったら当然考慮にも値しない内容の提案だった。
なのに二人、今は二匹、の頭部は、ためらいながらもコクリと勝手に頷いてしまったのだった。

 

 

 

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