キャットテイル2−5

 

 「なんだこれは!」
「これってどれ?」
ハルはモニタから目を離さず、昴のほうを振り返りもしない。
昴はため息をつき、自分の体を見下ろす。

 前足は白かった。
しかし腕をさかのぼっていけば、ひじの辺りから艶光る黒い毛に変わっている。
胸の毛がわずかに白かった。
後ろ足の先と尾の先端も白い。
それ以外の部分は真黒だ。
この様子だと、鼻の先も白いのではないかと思ったが、今の状態では確認できない。
試みに尾に力を入れてみると、上下左右、おおまかになら意思どおり動かせた。
前足をひらひらと何度かひっくりかえし、ピンクの肉球を観察する。
指先をわずかに緊張させるだけで、するどい爪がニョキリと飛び出した。
「ふむ」
なかなかに興味深い。

 改めてコックピットを眺めると、見慣れた馴染みある空間が、まるで異世界のように感じた。
氾濫する情報が、耳と目とヒゲと鼻、毛筋の一本一本にも伝わってくる。
集中すると、溢れる情報のどれひとつも逃さず細部を感じることができた。
「すばるもかんじる?」
「うん。確かに、大河の霊力を感じるけれど……」
わずかすぎる。
気脈の流れから、針で突いたように穴が開き、そこから漏れるエネルギーの中に、大河の気配がわずかに混じっている。
「これでは彼を助け出せないな」
「あなをでっかくすればいいんじゃない?」
思わぬことを言われて昴は目を見開いた。
今までそんな事は選択の範囲外だったので考えもしていなかった。

 「バレたら始末書かもしれないな……」
昴は金色の目を細め、意識を集中した。
ごくわずかなエネルギーのほつれを、慎重に広げていく。
「はやく、すばる」
「静かにしていろ。集中できない」
どうと言うことはない作業のはずなのに、霊力が体の中を勝手に駆け巡っているような感覚が続き一点に絞れなかった。
ついでに、本来昴を完璧にサポートしてくれるランダムスターもうまく作動していない気配。
モニターが時折ちらついている。
本人は気づいていなかったが、尻尾の先が昴の心を表すようにゆらゆらと不機嫌そうにゆれていた。
昴はため息をつき、ハルに肉球のついた手のひらを掲げて見せ、お手上げのポーズを示す。
「うまく集中できない。大河の気配は確認したから、もう元に戻してくれないか」
「だめだよ。ぼくがいまそんなにちからをむだづかいしたら、しんじろうをたすけにいけないじゃないか」
「このままではどちらにしろ大河を助けられないぞ」
「すばるって、なんでもできるってかおしてるくせに、ほんとはなんにもできないんでしょ」
ハルはフンと鼻を鳴らし、昴が驚愕している様子にも気づいていないようだった。

 いままで、こんな風にあけすけに自分をけなす相手はいなかった。
昴の頭を一瞬血液が沸騰し、すぐに静まる。
どんなことでも完璧にこなし、すべての事柄を常人以上にこなしてきたのだ、できないことなど、なにもない。
「聞き捨てなら無いな、猫」
「だってそうじゃないか。しんじろうがいなくなったりゆうもぼくがおしえたんだし、しんじろうをみつけたのもぼく。すばるはついてきただけじゃないか。こんなんじゃ、やっぱりしんじろうはわたせないよ」
「待っていろ。猫との違いを見せてやる」
「いまはすばるもねこだろ」
ハルの言葉を無視し、昴はもう一度意識を集中した。

 頭にきたせいでかえって冷静になった。
猫の体に逆らわず、変化したものを受け入れ、コントロールする。
フッと体が軽くなった気がした。
突然すべてが明瞭になり、己をきちんと認識する。
この肉体は九条昴。猫でも人でも関係ない。
ランダムスターのモニターがひときわ明るく輝いた。
「すばる、もういい、もういいよ!」
ハルが彼に似合わぬ切羽詰った声で叫んだ。
気づけばハルは昴を瞳孔の開ききった目で見つめていた。
「きょくたんだよすばるは!」
「加減が難しいんだ」
針で突いたようだったエネルギーのほつれ。
今はそこから絶えず力が漏れ出している。
足先だけが白い黒猫になった昴の前足が、モニターをふにふにと示す。
「で、どうする? 僕たちもあそこに入り込んだらミイラ取りがミイラになるだけじゃないのか?」
「みいらってなに?」
「……なんでもない」
猫と議論することを諦め、自身も猫である昴は黒い耳を無意識のうちに横に伏せ、困難な状況を打破するべく思案を開始した。

 

 

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スマートなイメージだったので。

 

 

 

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