わいるどらいふ 11

 

 「えっ?! ど、どうして動物園のパスポートもらえたって? さあなあー」
昴に睨まれ、サジータはついとぼけてしまったのだが、彼女は本当に理由を知らなかった。
しかしそれを言うと、新次郎を迷子にさせたことまで話さなければならない。

 「あのねえすばるたん、とらさんとなかよくできたからくれたんですよ」
口を挟まれて、昴はかわいい子供の顔を覗き込む。
「虎と?」
「とらさんがまいごで、しんじろーとなかよしだったんです」
昴は次にサジータの顔を見たが、彼女はあいまいな笑顔のまま。
視線を鋭くするとサジータは斜め上方を見ながらぽんと手を打った。
「あ、あー、そうそう、虎を見たんだ。すぐそばで」
「すぐそばでみました!」
「すぐ傍ねえ……」
どうも新次郎はテンションが高い。
サジータの言う「すぐそば」と、新次郎の「すぐそば」では力の入り具合に大いなる差があった。
しかし幼い新次郎だから、檻越しに見たはじめての大型肉食獣に興奮しているのかもしれない。

 「しかしそれと年間パスポートをくれるのと、どう話が繋がるんだ……」
「さ、さあ……」
「とらさんとなかよしだったからですよ」
要領を得ないな、と昴はつぶやいて、しかし笑いながら立ち上がると、新次郎を抱く。
「まあいいか、年間パスポートをもらったのだから、いつでも動物園に行ける。職員に聞けば事情もわかるだろう」
「えっ、聞くの?」
「聞いてはまずいのか?」
サジータは急いで首をふった。
「いや、ま、まずくはないけどさ、聞いてもたぶんよくわかんないよ。あたしだってわかんなかったんだし」
聞くだけ聞いてみるよ、と昴は言って、出口へと向かう。
「ああ、それから、今日は一日新次郎をありがとう、助かった」
「えっ、いや、あたしも楽しかったしいいさ」
じゃあまた、と去っていく昴に笑顔で手を振って、サジータは深々とため息をついた。

 

 公演が終わった後の休日に、昴はパスポートの引換券を使おうと思っていた。
そしてこれをもらった経緯を職員に問おうと。
しかし新次郎が年間パスポートをもらった事情は意外にも券をもらった翌朝すぐにわかった。
ウォルターが朝刊を持ってくる際、なにやら意味深な笑みを浮かべていたのだ。
「どうしたウォルター」
インクが手につかないよう、アイロンがけをすませた新聞を受け取る。
「お読みになればわかります」
やさしく微笑んで、有能なホテルマンは去っていった。
昴は受け取った新聞を順番にめくり、すぐに該当の記事を見つけた。

 【勇敢な少年、虎を救う】
そう見出しのついた、写真つきの記事だ。
巨大な虎にまたがった少年が飼育員の女性と歩いている。
背後には集まったハンターたち。
そうなった事情も書かれていた。
動物園の虎が逃げ出し、園内の人々が避難する中、虎を処分するためハンターたちが集まった。
しかし一人の少年が身を挺して虎を守った、というものだ。
ハンターたちは、虎がとても大人しく、人に慣れた虎だとは知らず、少年がいなければ虎を射殺しているところだった、しかも少年の名前はタイガーで、奇跡の偶然であると。

 新聞を畳んで寝室を覗くと、記事の主役の少年はまだ眠っていた。
昴はベッドに腰掛けて苦笑する。
「すごい冒険をしてきたんだね」
年間パスポートは虎を助けたお礼だったとわかり、昴はようやくほっとした。
子供が気安くもらってしまうには少々高価なものだったから。
「あとで詳しく聞かせてもらおう」
ふふっ、と笑い、子供の柔らかな髪をなでた。
「サジータにも、ね」
続けて意味深に微笑み、立ち上がる。

 「はっくしょん!」
おもいきりくしゃみをして、サジータは寝起きの目をこすった。
「今日は冷えるのかねえ」
なにやらゾクゾク悪寒がする。
「風邪かなこりゃ」
やれやれと玄関から新聞をとってきてテーブルの上に放り投げ、コーヒーとパンを用意してからぞんざいにめくった。
事件のページから読んでいき、地域のページを念入りに読み始めて……。

 サジータは突然立ち上がった。
大急ぎでバイクスーツに着替え、ついでに小走りで移動しながらキャメラトロンでシアターに、今日は風邪ひいたので休むとメッセージをいれる。
そしてそのままシアターとは反対方向に愛車バウンサーを走らせたのだった。

 

 

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昴さんは追わない。帰ってきたら捕まえる。

 

 

 

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