わいるどらいふ 10

 

 結局、新次郎とサジータはもう一度動物園を見学しなおし、時間がかかったおかげで回り終わるころには丁度シアターの公演も終わる時間になっていた。
「それにしても新次郎、お前それ、何もらったんだい?」
新次郎は男性職員から受け取った封筒をまだ開封していなかった。
「すばるたんにみせてからあけます」
子供の癖に律儀なことをいうのでサジータは呆れた。
「現金とかじゃあなさそうだし、まあいっか……」
封筒の中身は外からでは中に何かが入っているかどうかもわからないほど薄かった。
なんで新次郎にくれたのか事情はよくわからないが、おそらく動物園の割引券か何かだろう。
「あ、そうだそれからな新次郎、動物園で迷子になった事は昴に内緒にしておけよ」
サジータの顔をちらりを見上げ、新次郎は少し考えてから頷いた。
迷子になったと言えば昴が心配すると思ったのだ。
それにきっとまたサジータが怒られる。
今回は動くなと言われていたのに動いてしまった自分が悪かったのだと新次郎は思っていた。
自分が悪いのにサジータが怒られるのは悲しい。
「……ないしょにしてます」
「うんうん。そのほうがいいよなあー」
二人して納得の頷きを交わし、サジータと新次郎は手をつないでシアターへと戻った。

 

 シアターでは衣装を脱いでメイクも落とし、イライラと新次郎を待つ昴がロビーに立っていた。
「すばるたーん!」
不機嫌な昴を見ても一切躊躇せず昴の細い足にしがみつく新次郎を見て、サジータは感心する。
あんな恐ろしいこと良く出来る。
しかし抱きつかれた昴のほうもさっきまでの不機嫌な様子はすっかり消えうせ、自愛に満ちた笑みで新次郎を抱き上げた。
「おかえり、動物園は楽しかった?」
「はい! あのね、さいしょにね、とりさんがいてね」
さっそく動物園での出来事を話し始める新次郎を抱いたまま、昴は楽屋に入り彼をソファにおろすと自分はその隣に腰掛けた。
サジータもやれやれという気分でついていく。
「あのねえ、おおきいとりさんがいっぱいいてねえー」
「うん、それで?」
やさしい微笑みの昴。
新次郎が動物園に入ってからのことを順番に話すので、非常事態で迷子になったことも話してしまうのではないかとハラハラしたサジータだったが、新次郎は動物そのもののことを話すのに夢中なようで、迷子の件については触れなかった。
「それでね、とらさんと、らいおんさんがね……」
そこまで言って、何かを思い出したようにふと言葉がとまる。
「どうした?」
「……えっとねえ、これ、もらったんでした」
新次郎はポシェットから男性職員にもらったポストカードと封筒を渡す。
「もらった? だれに?」
「どーぶつえんのひと!」
答えに要領を得なかった昴はサジータに視線をやる。
「あーえーと、動物園でなんかキャンペーンでもやってたんだろ。新次郎にくれたんだよ」
「ふうん、それにしては地味な封筒だな。割引券かなにかか?」
ただの茶封筒だ。

 「あけてもいいのかい新次郎」
「はい。わりびきけんだったら、またどーぶつえんにいってもいいですか?」
昴の手元を覗き込んで新次郎の目が輝いている。
サジータも身を乗り出して興味津々。
二人の熱い視線を受けながら、昴は封筒を開けてみた。

 封筒の中には意外としっかりとしたチケットが二枚。
表面には動物達のイラストが描かれている。
「なーんだ、やっぱり割引券か」
サジータはソファに体を投げ込む。
しかし昴はチケットをしげしげと見て目を丸くした。
「割引券ではない。これは引換券だ」
「ひきかえけん?」
「引換券?」
二人に聞かれて昴はチケットを一枚ずつ彼らに渡した。
「年間パスポートの引換券だ。交換したその日から一年間有効の」
「年間パスポートぉ?!」
サジータが素っ頓狂な声を出し眉をはねあげた。
確かにチケットには年間パスポート引換券とあり、裏面には引き換えの方法などが細かく記入されていた。
新次郎はチケットを昴に返し、
「ねんかんぱすぽーとってなんですか?」
「いつでも好きなだけ、動物園に入れるようになるチケットだよ。一年の間ね」
「いつでもすきなだけ?!」
やったーとジャンプして、新次郎は、どーぶつえんどーぶつえんとはしゃぎだした。
その様子をやさしいまなざしで見守ってから、サジータに向き直って冷たい視線を送る。
「……ところでサジータ、どうして年間パスポートを、それも二枚も、新次郎はもらえたのだろうか。キャンペーンにしてはずいぶんと太っ腹だが」
サジータは逃げ出す準備のために腰を浮かせていたのだったが遅かった。

 

 

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割引券だったらよかったのにとサジータさんは思った。

 

 

 

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