わいるどらいふ 9

 

 ハンターのリーダーが、膠着する状況を打破するために、狙撃用ライフルを用意させよう、そう決断を下したとき、場違いな女性の声が響いた。

 「待って! 撃たないで! その虎は大丈夫です!」
動物園の飼育員と思わしきその女性は、つなぎの作業着を着て息も絶え絶えの様子でフラフラと駆けてくる。
そして勇敢にもハンター達の前に両手を広げて立ちはだかった。
「だから撃たないで!」
ハンターたちもあっけに取られた様子でお互いの顔を見合わせている。

 女性が必死に叫んでいる様子をのんきな表情で見ていた虎は、よっこいしょ、とのっそり立ち上がった。
背中をぐいぐい押していた新次郎は、動きにつられてそのまま虎の背中に乗っかってしまった。
「わひゃあー」
のっしのっしと歩く虎の背中はとても広く、新次郎が乗っていてもまるで負担を感じていないようだ。
虎はそのまま歩いて自分をかばう女性の腰に巨大な頭をこすりつけ、ゴロゴロとまさしくネコのように喉を鳴らす。
撫でてくれ、というように、彼女の手のひらを自分の顔に押し当て、チラリチラリと上目遣いに見あげるのだ。
背中に子供を乗せ、女性に甘える虎の姿を見たハンターたちは、すっかり毒気を抜かれてしまった。
どう見てもあの虎は危険ではない。
少なくとも今のところは、まったくもってただの巨大な猫。

 まだ幾分呼吸の荒い飼育員の女性は虎の背中に乗っかったままキョトンとしている新次郎を抱き上げ、そっと地面に降ろした。
心配そうに見上げてくる子供はぜんぜん虎を怖がっていないように見える。
「とらさん、ころされたりしない?」
「君が守ってくれたから、もう大丈夫」
えへへ、と照れくさそうに笑う新次郎に、女性は、心をこめて、ありがとう、と礼を言った。

 ハンターや新次郎が見守る中、女性は虎を誘導しながら歩き、見た目だけが大層恐ろしい肉食獣はあっさりと自分の檻へと戻っていった。
駆けつけたほかの中年男性職員が新次郎の頭を撫で、
「あの虎はうちで生まれて生後二日目から人工保育で育てたんだ。もう何年も前のことだから、事情を知らない職員も多くてね」
「とらさん、こわくないんですか?」
難しい言葉ばかりだったので新次郎には職員の説明の意味がよくわからなかったけれど、ほっとしたようなやさしい表情から、なんとなく事情が理解できた。
男性は見上げてくる子供の頭をポンポンとたたいて、きみと同じように、やさしい虎なんだよ、と笑った。

 

 新次郎は職員の男性に手を引かれ、入り口付近まで戻った。
パークから避難してきた人々の間を走り回って新次郎を探していたサジータに気づいて駆け寄る。
「さじーたたーん!」
「あ、新次郎!!」
思い切り抱きしめられ、胸に顔が埋まって呼吸ができない。
「むぎゅう」
「このバカ! 動くなって言ったのに!」
「むぎゅー……ごめんなさい」
素直に謝罪する新次郎の隣に立った職員は、苦笑して助け舟を出した。
「彼のおかげで事件が解決したようなものですから、あまり叱らないでやってください。とても勇敢でやさしいぼうやですね」
「は?」
「少し待っていてください」
男性職員が小走りで駆け去ってしまい、取り残されたサジータは、抱いていた新次郎に疑問たっぷりの視線をやった。
「なにがどうなってんの?」
「えっとねえ、とらさんがね……」
話出そうと、新次郎が小さな眉毛をよせ、一生懸命言葉を捜しているうちに、中年男性の職員はすぐに戻ってきた。
封筒がひとつと、売店のポストカードセットだ。
「これは君へのお礼だよ」
「くれるの?」
封筒とカードセットを受け取って、新次郎はサジータを見上げた。
「もらっていい?」
「なんかわかんないけど、お前がいいことしたんならいいんじゃない?」
それを聞くと、新次郎は満面の笑みで職員にペコリと頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いやいや、いいんだよ。君、名前はなんていうんだい?」
「たいが、しんじろうです!」
「おお、タイガーと言うのか」
それは実に素晴らしいと、本当に嬉しそうにその男性は目を細めた。

 

 

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中身は子犬って感じですが。

 

 

 

 

 

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