わいるどらいふ 8

 

 虎をぐいぐいと押しているところを大人たちに見つかって、新次郎は固まってしまった。
悪いことをしている場面を思い切り目撃されたと思ったのだ。
しかし大人たちが手に手に銃を持っているのを見て眉を吊り上げる。
早くこの虎が檻に戻らないと殺されててしまうと子供にもわかった。
「は、はやく、おきて!」
まだうつぶせになっている虎に頭を押し付けて全力を出すのだけれど虎は不思議そうな顔をするだけで動かない。
大人たちは遠巻きに銃を構え、新次郎に小声とジェスチャーで、動かないようにと伝えてくる。
「とらさんはじぶんでおうちにかえりますから、うたないで!」
「ぼうや、危ないから大声を出してはだめだ」
ハンターたちのリーダーと思われる男性が、身をかがめ、ささやくような声で警告した。
「その場所をゆっくり下がりなさい」
「しんじろーがさがったら、うたないでくれる?」
「……わかった」

 しばしの沈黙の後、新次郎の言葉に頷いたハンターは、後ろに控えている数名の部下のうち一人に何かをそっと伝えていた。
目で合図をし、すばやく意思を。
「子供が離れたら虎は射殺する。麻酔弾では時間がかかる。この状況で虎を刺激しては子供が危険だ。眉間を狙って一発でしとめろ」
部下は黙って頷くと、持っていたライフルを構え、麻酔弾だった弾を装てんしなおした。
「ぼうや、下がりなさい、ゆっくりだ」

 新次郎は彼らのやることを瞬きもせずに見ていた。
話し合いをしていた一人が、深刻な顔で銃を使う準備をしている様子を。
下がりなさい、と言う大人の声に、不安や心配ではなく、強い興奮の感情が含まれていることを敏感に感じていた。
新次郎は口を引き結び、虎の肩に手を乗せた。
あの大人は嘘をついている。

 子供が猛獣から離れないので、ハンター達は顔を見合わせた。
「何をしているんだ?」
「怖くて動けないのでは?」
こそこそと話し合い、
「ぼうや、静かに離れれば大丈夫だから、ゆっくり下がりなさい。おじさんたちが助けてあげるから」
そう子供に向かって話しかけた。
しかし帰ってきた答えはまさしく意外なものだった。
「おじさん、うそついてる!」
きっぱりと言い切り虎の首にしっかりと腕を巻きつけ抱きついた。
ぎゅっと力をこめると、虎はどうしたの、と問いたげに新次郎に視線を向ける。
「しんじろーがいっしょにいれば、だいじょーぶだからね」

くっついていれば撃たれない。そう確信していた。
もう虎が怖いことも、悪いことをしているかもということも、何もかも頭から消えていた。
虎が殺されないように必死だった。

 「ぼうや、いい子だから離れなさい。今はおとなしくても虎は危険な生き物なんだよ」
リーダーらしき人物は、怒りを極力声ににじませないよう努力した。
嘘を見抜かれたことも腹だたしかったが、子供がまったく言う事をきかないことが非常に不愉快だ。
最初見たときはおどおどしたおとなしそうな子供だったのに、どうしたことか。
大きな声を出して虎が暴れても、発砲して万一子供に当たっても、責任を取るのは自分になるだろう。
動物園から依頼を受けて、虎をハンティングできる一生一度のチャンスと駆けつけたのに、目の前の虎は横になっているだけで動かない上、子供が抱きついていて撃つことも出来ない。
虎と子供、ライフルを持ったハンターの部隊はにらみ合うようにしたままこう着状態になってしまった。
多少時間がかかるが、高性能の狙撃用ライフルを持ってこさせれば、子供がしがみついていても虎を狙撃できるだろうか。
いまのところこの隊長にほかの案はなかった。

 

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ちびじろは場合によってものすごく強情だと思います。

 

 

 

 

 

 

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