わいるどらいふ 5

 

 新次郎は美しいレイヨウの姿に見とれていた。
草食獣の中でも小柄で、細い手足がまっすぐに伸びる華奢な獣。
どことなく昴のことを思い起こさせた。
巨大なバイソンなどもかっこよかったけれど、こわい感じのする大型の草食獣よりも、レイヨウやインパラのような鹿に似た動物に惹かれた。

 サジータはなかなか戻ってこなかったけれど、動物を見ているのが楽しかったので気にならない。
レイヨウの真っ黒で大きな目が新次郎に向けられ、細い鼻面がすぐ近くまで寄せられる。
「わあー、きれいですねえ」
草食獣の檻は二重になっておらず、手を伸ばせば触れることも可能だった。
けれど新次郎は触りたいのを我慢して、レイヨウのやわらかそうな鼻をじっと見る。
子連れの母親が、動物に触ろうとした娘をきつく叱っていたのを聞いていたからだ。
触れるけれど、触ってはいけないものなのかもしれない、本当はどうなのか、サジータが戻ってきたら聞くつもりだった。
しかしレイヨウは鼻先を鉄の檻の隙間から突き出し、新次郎にむけて黒い鼻をひくひく動かしている。
ちょっとだけなら触ってもいいかな、と、そっと手を差し出してみた時だ。
低いサイレンの音が園内に響いた。
レイヨウはビクンと顔をあげ、そのままジャンプを繰り返しながら群れへと戻っていってしまった。
「あーあ、いっちゃった……」
がっかりして口を尖らせ、新次郎はサイレンの音を吐き出し続ける鉄塔の上のスピーカーを見上げた。

 さっき娘を叱った母親が、自分の子供をとっさに抱き上げ、きょろきょろ周囲を見渡す。
「火事かしら……」
しかしサイレンは音が続いているだけで、何も伝えてこない。
彼女はすぐ横で、一人レイヨウを見ている東洋人の子供に視線を落とした。
火事だとしたら連れて逃げてあげなければと思ったのだ。
「ボク、一人なの?」
「ううん、さじーたたんといっしょです。いま、おかいものにいっちゃった」
買い物、と聞いて、彼女は出口付近に設置されている土産物屋を思い浮かべた。
「何かあったのかもしれないから、おばさんたちと避難しましょう」
「ここにいるってやくそくしたんですけど……」
「サイレンっていうのはね、とっても大変な時だけ鳴るの。あなたの〔さじーたたん〕も、きっと心配しているから、おばさんと一緒に行きましょうね」
新次郎は困ってしまって女性を見上げた。
「おねーたんと、いかないとだめ? でも、しんじろーはしらないひとについてっちゃいけないんですよ」
「ママはしらないひとじゃないもん!」
今度は新次郎と同年齢ほどの少女が口を尖らせた。
母親は、自分の事をおねーさんと言ってくれた子供に俄然好意がわいた。
それに知らない人についていかないという、子供の基本的なルールもよくわかっている。
「ここにいると危ないかもしれないの。サイレンは、そういうときに鳴るのよ。非常時にはみんな協力しないといけないの」
「きょうりょく……」
彼女は娘の頭を撫で、新次郎の頭もなでた。
「この子のお友達になってくれる? そしたら、もう知らない人じゃないでしょ?」
急いで避難しないと、と、彼女は内心あせりながらしゃがんで子供を説得した。
サイレンが続き、行動を急かされている気がする。
だから、まだ納得してはいない様子で、仕方なく頷いた新次郎の手を握ると、小走りに走り出した。
サジータのいる方向とは逆の、出口に向かって。

 

 

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俄然好感度UPピンピロピロピロリン。

 

 

 

 

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