遠くにありて 5

 

 ダイアナは戻ってきたサニーに新次郎を預け、自分は舞台に戻った。
練習している昴に向かって、舞台袖から手を振って招き寄せる。

 「新次郎がそんな事を……?」
ダイアナに事情を聞いた昴は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに目を閉じて深く頷いた。
「あんなに小さいのに、今までずっと我慢していたんだな……」
今日の昼、一緒にスターで空を飛んだ時、家はどこかと聞いてきた事を思い出す。
「もっと早くに気付いてやればよかった……」
実際に、こんなに子供の期間が長いと最初からわかっていれば、
母である双葉に会わせてやる方法も、もっと早い段階で考えただろうけれど、
子供のまま長くすごしてしまい、新次郎も紐育での生活にすっかり慣れたように見えたので、完全に失念していた。

 「それで、叔父さまに、キネマトロンでなんとか大河さんのお母様とお話できないか相談してみようかと……」
「ふむ、キネマトロンか……」
昴は顎に手を当てる。
新次郎が紐育で子供に戻ってしまったと知ったら、母親がどんなリアクションをするか、若干不安だった。
日本に連れ戻したがるかもしれないし、その際に新次郎自身も帰りたがるかもしれない。
「新次郎の母君と連絡が取れるようなら、僕が先に彼女と話してみよう」
「そうですね、いきなり子供の大河さんをみたら驚いてしまいますものね」
「それで大丈夫なようだったら、新次郎にも会わせてやりたいな」

 ずっと、母親の代わりになってあげると言ってきたし、
出来る限りの愛情を注いできたつもりだったが、やはり本当の母親には敵わないと、昴は自覚していた。
まず第一に甘やかしすぎているし、おそらく新次郎自身も自宅にいるよりかしこまっている。
昴は小さい新次郎を預かる事にまったく苦痛を感じなかったが、
幼い新次郎には窮屈や不便に感じる事もあるだろう。
ずっと敬語を使っているし、同じ年代の子供もいない。
泣く事も我侭を言う事も、小さいなりに必死で我慢しているように見えた。

 「母君に会いたいだろうな……」
ずっと耐えていたのだと思うと胸が苦しかった。
「もっと早くに言ってくれればよかったのに、どうして僕に言ってくれなかったんだろう」
今日だって、ダイアナに打ち明けて、昴には伝えてこなかった。
「ええ、それなんですけれど……」
ダイアナは少し困ったように笑った。
「実は初め大河さんに、昴さんにはナイショにして欲しいって言われたんですよ」
「僕に秘密に……?」
昴は驚いてダイアナを見つめた。
「お母さんに会いたい、なんて言ったら、昴さんに嫌われるって……」
「……」
言葉が出ない。
「昴さんの事が大好きなんですね」
にっこりと笑ったダイアナに、昴は笑みを返せなかった。

 確かに、少しだけ寂しいと感じた。
やはり自分では力不足だったのだと。
けれどもどんなに懐いていても、母親に会いたいと思うのは子供として当然だし、
それは大人の大河新次郎だって同じだろう。
だからすぐに寂しいなんて感情は消え去った。
小さな新次郎が、昴の事を思いやって自分の気持ちを押し殺していたのだと思うと胸が痛かった。
「やはり僕はまだまだ未熟だな……」
彼が誰かに気持ちを吐き出さなければならなくなる前に、気づいてあげたかった。

 「教えてくれてありがとうダイアナ」
「いいえ、じゃあ叔父さまに相談してもいいですよね?」
「無論だ。よろしく頼む……」
昴はダイアナに丁寧に頭を下げた。
新次郎が深刻なホームシックなどになる前に気付かせてくれて、本当に感謝していたから。

 

 

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あれがちびじろの素のような気がします。

 

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