遠くにありて 4

 

 ダイアナは眠る新次郎を抱いたままソファで子守唄を歌ってやっていた。
ずっと昔に母に聞かされていたララバイ。
静かに、優しく、新次郎を起こしてしまわないように。
さっきまで寝言をいいながらむずかっていた新次郎は、いつのまにかスヤスヤと深く眠っているようだった。
「うふふ、よかった……」
ほっぺたにすこしだけ泣いた痕が残っている。
その部分を優しく撫でて、ダイアナは小さな子供をそっと抱きしめた。

 そうやって一時間ほども経った頃、新次郎が小さなあくびをした。
「ふあーぁ……」
「お目覚めですか?」
「おかーたん……」
またダイアナにしがみ付く。
けれども今度はさっきのように泣いていなかった。
ただ甘えるように抱きついてくる。
ダイアナはそれが嬉しくて思わず笑みがこぼれた。
「まだ寝ていたいならかまわないですよ?」
「!」
今度の声はちゃんと新次郎に届いた。
急にハッとして、ダイアナの顔をまじまじとみつめる。

 「わひゃあー!だいあなたん!」
ようやく自分の置かれている状況に気付いたのか、新次郎はとても驚いているようだった。
大人になってもなおらない、驚いたときの口癖を叫び、目をまん丸にしている。
なにせ、ダイアナに抱っこされた事もほとんどなかったのだ。
「うふふ、おはようございます、大河さん」
優しく微笑むと、新次郎は首をかしげた。
「しんじろーは、ゆめでおかーたんにだっこされていました」
「寝言でも、おかあさんって言っていましたよ」
「!」
「お母様に会いたいの?」
ダイアナは気軽に聞いたのだが、新次郎は衝撃を受けた顔をしていた。

 「だいあなたん! すばるたんにいっちゃだめ!」
「あら、何をですか?」
「しんじろーのねごと……」
「かまいませんけれど、どうして?」
恥ずかしいのだろうか、そう思ったのだが。
「いまはすばるたんがしんじろーのおかーたんだもん、ほんとのおかーたんにあいたい、なんていったらきらわれちゃう」
「まあ……」
切ない言葉にダイアナは胸がキュンと鳴ってしまった。
「そんな事ありませんよ」
「でも、いっちゃだめ!」
新次郎は半泣きだ。

 「お母さまにお会いしたいのでしょう?」
「……すばるたんがいるもん……」
「我慢しなくてもいいんですよ。子供はお母さんに会いたいのが普通だもの」
小さい子供の新次郎の目を、しっかりと見つめてダイアナは力強く頷いた。
「ふつーですか?」
「ええ、当たり前です。昴さんだって、怒ったり嫌いになったりなんかしませんとも」
「そうかなあ……」
まだ新次郎は不安げだ。

 ダイアナはそんな新次郎を見て、なんとか励ましてやりたかった。
しばらく思案してからポンと手を打つ。
「そうだ! キネマトロンを使えばいいんじゃないかしら」
突然大きな声を出したダイアナに、新次郎は驚いた顔。
「大河さん、絶対に大丈夫ではないですけれど、上手くいけばお母様とお話できるかもしれませんよ」
「おかーたんと?」
「ええ、遠いから実際に会うのは無理でも、お話だけならきっと」
それを聞くと、不安そうだった新次郎の顔がパッと輝く。
「おじさまに相談してみます。何日かかかるかもしれませんけれど、待っていてくれますか?」
「はい! まってます!」
勢い良く抱きついてきた新次郎を抱きしめて、ダイアナは決意に満ちた表情で一人頷いていた。

 

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気を使う新次郎。

 

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