魔女と神と氷 4

 

 昴は眠れないままジャンヌへの嫉妬で鬱々としていた。
進展のない同じ考えを繰り返していた、その時。

 遠慮がちにドアを数回叩く音。
眠っていたなら絶対に聞こえなかった、小さな音。
昴はハッと身を起こす。
声はなかったが、間違いなく彼だと悟った。
けれど、最初に小さなノックが聞こえたきり、音は途絶えて気配が遠ざかっていく。
昴はベッドから飛び降りて、一息にドアを開けた。
正面には誰もおらず、廊下の角を大河が歩み去ろうとしていた。
「大河!」
「す、昴さん……」
照れたように苦笑して振り返り、大河は頭をかきながら戻ってくる。
「起こしちゃダメだなって、思いなおして、やっぱり部屋に戻ろうかと……」
「眠っていない。よければどうぞ」
部屋に招き入れ、ベッドに座らせる。
大河の部屋と違ってサイドテーブルがないので、昴もその隣に腰掛けた。
「君もやっぱり眠れない?」
「はい。なんだか、昴さんが帰っちゃってから、すごく寂しくて」
正直にそう言って、恥ずかしそうに笑うのだ。

 「じゃあ、ここで一緒に寝るかい?」
昴は冗談めかしてそう言ったのだが、
「え! いいんですか!?」
と、大河は目を輝かせた。
「……いや、冗談だよ」
「わひゃあー! そ、そそそ、そうですよね! ぼ、ぼくも冗談ですよ!」
とてもそうは思えない態度だったのだが、大河は眼前で必死に手を振って否定した。
「……」
「……」
隣り合ってベッドに座ったまま、沈黙。
「昴さん」
「大河」
やっと口を開いたと思ったら、まったく同時に名前を呼び合い、また動揺する。
「す、昴さんからどうぞ!」
「いや、君から……」
遠慮しあって、顔を見合わせ、二人は吹き出してしまった。

 「何をしているんだろうな」
「えへへ、でも、楽しいです」
「そうだね、それで、大河、さっきの話なんだけど……」
昴はごそごそと、ベッドにもぐりこむ。
「……やっぱり一緒に寝ようか……」
「え!?」
「今度は冗談じゃないぞ」
「は、はい」
昴が広げた布団の入り口に、大河はのそのそともぐりこんでくる。
「あったかい……」
入るなりそう言って、大河は幸せそうに目を閉じた。

 大河が布団に入ってきた途端、本当に温度が急上昇したように思えて昴は驚いた。
さっきまで、北極の寒さを引き摺っているように感じていたのに。
「大河、君はさっき、何を言おうとしたんだい?」
「あの、ぼくも、やっぱり一緒にいさせてくださいって言おうかと……」
「そうか」
大河の胸にぴったりと頭を寄せる。
心地よくて、満ち足りた気分だ。
大河はきっと、沢山言いたいことがあるのだろう。
だから寝られないのだろうし、ここまで来た。
けれど、大河は何も言わない。
昴も何も聞かなかったし、言いたかったたくさんの言葉もどうでもよくなっていた。
ただ彼が今傍にいてくれる幸福に、陶然となっていた。

 ずっと昔から、こうやって二人一緒に眠っていた気がする。
当たり前の行為で、何も違和感は感じなかった。
さっきまで不安と嫉妬で眠れなかった、体の芯を支配していた澱がすっかり消え去っている。

 ジャンヌは確かに大河に安らぎを貰っただろう。
人生が終わるその瞬間、今、昴が味わっているような、安心と愛情を。
けれどそれはジャンヌの罪ではない。
大河と密着している今、ようやく、そう思えた。
「……ああ、君の着替え、持って来ればよかったね。明日の朝、困ったことになるかも」
返事はなく、ただ深い呼吸の音が聞こえてくる。
昴は微笑んで身を乗り出し、大河の額に、触れるだけのキスをした。

 

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まあ今回は許してやってもいい、ぐらいに変化。

 

 

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