魔女と神と氷 1

 

 昴はベッドの上で、今夜10度目の寝返りを打った。
眠れない。
眠ろうと努力をしながら疲れ果てていく己が馬鹿みたいに思えて、昴はついに上半身を起こした。

 エイハブ内部、今はここが仮の宿。
ジャンヌダルクを倒し、世界を救ったのは、ほんの数時間前の事だ。
正しい行為だったと信じているし、それ以外に道がなかった事も充分わかっている。
なのに。
もやもやとした何かが、胃の腑を重く圧迫し、ひどく寒気がする。

 

 

 氷に覆われた、底の知れぬ、暗くて冷たい洞窟に、大河を先頭にした4名で挑んだ。
帝都からマリア。
巴里からはロベリア。
そして紐育から昴が同道した。
大河は何度かの危機にも冷静に対処しながら、妖魔が闊歩するダンジョンを進んだのだ。
ある程度、状況を掴んだら、一端地上に戻るのだと、昴は思っていた。
すでに昴は、大神と共に2度ほど氷極に潜った経験があった。
マリアとロベリアも同様だ。
前回、大神が怪我をして帰還したため、今回は初めて大河の出動となった。
米田も、初めての探索なのだから、深入りせずともよいと、そう言っていた。
情報を持ち帰り、大神一郎が復帰したら、彼に後を託せばそれでいいと。

 なのに、なぜか今回は運のよい状況に恵まれ、きづけば昴達が大神とも到達した事のない深部にまで入り込んでいた。
そうと気付いた時、マリアはかすかに眉を寄せたものだ。
自分たちのサポートできる位置を過ぎてしまったからだろう。
この先、どんな敵が現れるのか。
どんなトラップが仕掛けられているのか。
誰もわからなかったからだ。
「なあ、一旦戻った方がいいんじゃないか?」
床一面を炎に沈めたロベリアが、顔を朱に照らしながらそう言った。
マリアも頷く。
「大河隊長、明らかに敵が強力になってきています。弾丸も残り少ないですし、余力のあるうちに戻りましょう」
昴は二人の意見に、頷く事も反対する事もしなかった。
どんな決断でも、大河に従うつもりだったからだ。
その大河は、マリアの言葉を聞くと、自分の荷物をごそごそとやりだした。
取り出したのは。マガジンいっぱいまで詰まった鋼の弾が二揃い。
「さっき、ぼくだけ罠で飛ばされて脇時と出会った時、可能な限り集めておいたんです」
脇時は遠距離攻撃をしかけてくるけれど、柱を感知せずに射撃してくるので、外れた弾丸を回収できる。
彼はそれを利用して、鋼の弾を限界量まで集めていた。
驚くマリアに手渡して、ロベリアにはいくつかの回復薬を持たせた。
「疲労時にも使ってください。ぼくまだストックしていますから」
そして、昴にも同じ回復薬を差し出したが、昴は微笑んで断った。
「僕は問題ない。行ける所まで行くつもりなんだろう?」
「はい」
躊躇なく返事が戻ってきて、昴は自分の隊長が、心底誇らしかった。

 ここまで来たのは運の要素も大きかっただろう。
けれど、彼は彼の敬愛する叔父が、到達できなかった深部にまでやってきたのだ。
昴自身は怪我などしていなかったが、疲労が溜まっている事も事実だった。
けれど、薬品の使用は、大河が適切だと判断した時に、最小限だけ使用して欲しかった。
マリアとロベリアも、それ以上、戻ろうとは言わなかった。
まだ全員が元気だったし、大神であれば、ここで戻るなどとは絶対に言わないだろうから。
未到達の場所、と言う以外、戻る理由は何もなかった。

 それで結局、そのまま4人で氷極深層を、制覇した。

 正確には、最深部まで潜ったのは、昴と大河の二人だけだった。
デュノア。ラ・イール。ジル・ド・レイ。そしてジャンヌ。
昴は目を瞑り、彼らの姿を脳裏に描きながら、立ち上がった。
無性に、大河に会いたかったのだ。
心から信頼し、共に戦った、己の隊長に。

 

 

てんてん様のキリリクを、ようやく更新開始です。全部で五話。
キリリクの内容はネタバレになってしまうので、まだ秘密です。

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私は、昴さん、サジータさん、リカの、紐育パーティでした。

 

 

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