魔女と神と氷 3

 

 大河に抱きしめられて、昴は心地よさに陶然となっていた。
何物にも代えがたい温もりが、すべてを癒してくれる。
この温もりを、彼女も、感じたのだ。
彼女……。あの、ジャンヌも。
途端に幸せだった気分にゆがみが生じる。

 大河はゆっくり離れると、昴の顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですか? 昴さん」
「……うん。ありがとう、大河」
本当は、もっと抱いていて欲しかったのだが、無理やり笑みを返し、心の中の黒い物を、大河に悟られないように気をつける。
「これでゆっくり寝られるよ」
「ぼくも昴さんと話せて落ち着きました」
えへへ、と笑う表情が眩しい。

 大河の部屋を退去して、昴は彼の部屋の扉に背を付ける。
目を閉じて、ゆっくりと息を吐いた。
大河にもらった温もりが、どんどん冷めてしまうのが辛い。
彼の傍を離れるのは身を切られるように苦しかったけれど、昴は思い切って背を離すと、早足に歩き始めた。
一刻も早く戻って、彼の感触を忘れないまま眠りたい。
自分の部屋に着くなりベッドにもぐりこみ、暖かさを失わないように己を抱きしめる。
「大河……」
あの暖かさ。
「僕の……」
大河には眠れない理由を話さなかった。
醜く、哀れなその理由。

 ジャンヌがまさに消え去ろうとしたその瞬間。
彼女は大河の腕に抱かれて心安らかな表情をしていた。
あの時のジャンヌは、きっと、すべてを大河にゆだねていたのだろう。
今までの行いや、これから自分に起こる、死と言う現象。
昴は目を閉じる。
自分も……。
いつかこの世を去る日に。
その、瞬間に……。

 ジャンヌは最後こそ神の意思を感じ幸せだっただろうけれど、とても不幸な生い立ちだった。
栄光を得る事もなく、迫害され死んで行ったのに。
なのに昴は彼女が心底妬ましかった。
ひたすらに羨ましく、嫉妬で心が黒く凍った。
死の瞬間に、大河に抱かれて逝けた、その一点のせいで。

 自分が去る時、そんな幸運がやってくるとはとても思えなかった。
もしかしたら傍らにいてくれるかもしれない。
いや、きっと、彼はその瞬間傍にいてくれるだろう。
そうであって欲しい。
少なくとも、彼が先に逝ってしまうなんて事体には耐えられない。
思惑通り、自分が先に死ねるような事になっても、彼女のように、抱き上げてくれはしないと思った。
今回は様々な要因が重なって、たまたまそんな状況になったけれど、傷ついて倒れても、病の床で息絶えても、ジャンヌのような僥倖は得られない……。
悔しくて、彼女が羨ましく、憎かった。
ジャンヌは己の幸運を知っているのだろうか。

 昴はますます己を抱きしめて、小さく丸くなる。
体に残る温もりは、確かに大河のもの。
胸元にほんのり彼の香りが残っていた。
あの時、崩れる氷の下敷きになって、そのまま、本当に死んでも良いと考えていた。
大河を助けて、彼の糧となって逝くのだから。
抱かれて逝くのと同じぐらい、この上なく素晴らしい死に方だと、そう思った。
大河は当然許してはくれなかったけれど、悪くなかった。

 ――ジャンヌが羨ましい。
昴は眠れないまま同じ考えを繰り返す。

 

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重症のやきもち。

 

 

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