キャットテイル 2

 

 大河がサジータの家に猫を抱いて連れて行くと、案の定彼女は大喜びだった。
「え? いいのこれ? 預かっちゃって?」
目元を下げてデレデレになったサジータは、猫を入れた籠をしっかりと受け取った。
「なるべく早くに飼い主を探してあげたいんですけれど、それまでお願いできますか?」
「もちろんオーケーだよ。でもさ、この子、飼い猫じゃないの?」
サジータは籠の側面から奥に引っ込んでしまっている猫を覗き込む。
奥にうずくまってはいても、左右色の違う瞳が輝いてまっすぐにサジータを睨んでいた。
視線があった途端に猫特有の威嚇音が籠の中から発せられ、サジータはあやうく籠をおっことしそうになった。
大河は宥めるように籠を覗き、大丈夫だよと声をかけてから、サジータに向き直る。
彼が声をかけると、猫の威嚇音はたちまち静まった。
「飼い猫だとぼくも思うんですけれど、とりあえずチラシをつくって様子を見ようかと」
「そうだね、あたしも協力するよ」

 何も言わずに二人の様子を見ていた昴は、籠の中から発せられる不機嫌そうな空気に苦笑していた。
確かに唸り声はなくなったけれど、そこから発せられる気は友好的とはとてもいえない。
この調子ではサジータにも懐かないのではないかと。

 実は、ここに来る前、昴は大河のアパートで猫に触れた。
否、正確には、触れようとした。
満足げに大河の腕の中で喉を鳴らしている猫はとても大人しく従順そうに見えた。
昴が撫でてやろうと手を伸ばすと、猫は機敏な動きで体を跳ね上げ、一瞬のうちに屋根の上まで登ってしまった。
そして鼻を鳴らして昴を見下ろしてから、再びするすると体重のない生き物のように、わずかなでっぱりを足がかりに地面まで降りてきて、大河の足に小さな頭をおしつける。
「わひゃあーすごい運動神経だね」
大河は素直に感心した様子で猫を抱き上げ優しくなでてやっていた。

 大河は何も気付いていないようだったが、その時の猫の勝ち誇ったような表情を昴は見逃さなかった。
甘え声を出して大河にすりより、昴を横目でチラリと見る。
昴には絶対に触れさせる気がないようだった。
なんでこんな風に大河にだけ心を許すのかわからなかったが、猫なりに大河が命の恩人だと理解しているのかもしれない。

 

 とりあえず中で落ち着いて話そうと言う事になり、サジータは猫の入った籠を抱いたまま事務所兼自宅へと二人を招きいれた。
大河は途中のペットショップで購入してきた猫用の食器やトイレをさっそく準備し始める。
「おっと、先にこいつを出してやらなきゃな」
サジータが猫籠のふたを開けると、真っ白な何かがサジータの目の前を走りぬけ、あっというまに見失う。

 優美な獣は天井近くの梁の上に白い幻のように立っていた。
サジータと昴を見下ろし、左右色の違う目を細める。
しっぽをまっすぐに伸ばし自分を主張しているようだ。
けれども尾を膨らませたり背中の毛を逆立てたりはしない。
素晴らしく余裕のあるポーズだった。
昴はその視線に明確な敵意を感じたのだが、
「すげー綺麗でかわいいー!」
サジータは一向に気にする様子もなく猫に向かって手を伸ばす。
「おいでおいで」
ち、ち、ち、と舌を鳴らして呼ぶのだが、猫は振り向きもしなかった。
足場とも言えないような細い梁の上に尻尾だけを垂らして座り、前足を舐める。
ふわふわと毛の長い尾がゆったりと揺れていた。
大河は購入したキャットフードを皿に満たしてやり、猫を呼んだ。
「おいで、ほら、ご飯だよ」
サジータの声を完全に無視したくせに、今度はするりと降りてきた猫が大河の腕に収まり、皿の前に降ろされると素直に食べ始めた。

 大河はしばらく座って猫の様子を見ていたが、さりげなく立ち上がるとサジータに耳打ちする。
「ぼくたち、このままそっと帰ります。よろしくおねがいしますねサジータさん」
「あいよ。ちゃんと世話するから心配すんな」
真っ白な猫は、みどりいろの右目だけでチラリと大河を確認したが、食べるスピードを速めたりはしなかった。
猫の大人しい様子に昴は意外な思いだったが、それが大きな間違いだったと気づいたのは家に戻ってからだった。

 

 

TOP 漫画TOP キャットテイル1へ 次へ

昔は断然犬派だった私ですが、最近はやや猫派。

 

inserted by FC2 system