病院の怪談 14

 

 病院の中に戻った昴と大河は、とりあえず外科の病棟に入った。
軽症とはいえあちこちケガだらけだった大河の応急手当てをするためだ。
ちからまかせに鎖を引いたせいで皮膚がちぎれてしまっている手のひら。
体当たりのさいにできたあちこちの痣。
昴が確認のために大河の腕に触れると、彼はたちまちなさけない顔になった。
「いたた、昴さん、も、もういいです〜」
「何がもういいです〜、だ。そんなのは君が決めることじゃない」
やたら上手に大河の口真似をし、ようしゃなく傷口に消毒液をふりかけ、痣には軟膏を塗っていく。
いたた、いたた、と哀れな声を出しながら、大河は涙目だ。
さっきは痛みなどものともせず、あんなに勇敢だったのに、と、昴は苦笑した。
もっとも、普段なんの変哲も無い普通の男に見えるところも好きだったのだけれど。

 「着替えはあるのか?」
血と泥でぼろぼろになってしまった服はさすがに目立つ。
大河は手のひらに巻かれた包帯をさすっていたが、顔をあげて頷いた。
「はい。病院のロッカーに」
「じゃあ待っているから着替えておいで」
大河にしては用意がいいな、などと思いつつ待っていた昴だったが、戻ってきた大河をみて笑ってしまった。
プチミントで看護婦の姿だったからだ。
「着替えって、女装のことだったのか」
そういうと、大河は頬を染めて唇をとがらせた。
「プチミントで潜入してるんだから、あたりまえじゃないですかっ!」
それはそうなのだけれど、大河が普通に女装の衣装を「着替え」と受け入れているのがおかしかった。
声を出して笑ってしまいそうになるのを、大河の名誉のためにこらえて、昴はわざとらしく咳払いをした。
「まあとにかく、着替えがあってよかった」
大河はまだ口を尖らせていたけれど、昴の隣にこしかけて、ようやく一息ついたようだ。

 「今日、あの子のお母さん、来るでしょうか」
「プライドの高い女性のようだったから、どうかな。でも近日中にはくるだろう」
少なくとも、彼女は息子をとても大事にしているようだった。
息子のために身を粉にして働き、そのせいで会いにこられない。
別れた夫に助けを請えばなんとかなるかもしれないけれど、プライドが邪魔している。
「君の言葉はきっと届く。真に大事なものは彼女にもわかっているはずだから」
「……はい」

 

 けれど、その日、面会時間がすぎても、少年の母親は現れなかった。
すぐには来ないよ、と、昴も大河を慰めたけれど、大河は少年よりもなお寂しそうにうつむいた。
「ぼく、今日調べてみたんです、あの子がなぜ入院しているのか」
大河は包帯が巻かれた自分の手をじっと見つめている。
「脳に腫瘍ができていて、それを取り除く手術をしなければ命にかかわるって……」
「……」
昴も今日、大河を治療したあと少年のカルテを調べた。
手術の費用は莫大で、あの母親はそれを捻出するために夜も昼も働いている。
「会いにきてほしいって思うけれど、それは本当にぼくの勝手な願いです」
大河は泣くまいと歯を食いしばっているようだ。
「だって、あのお母さんが働いてお金を稼がないと、あの子は死んでしまうんだから」
昴はうなだれている大河の肩に手を置いた。
せめて少年に事情を説明してやれば事態は違うかもしれないが、あの母親は金銭的に余裕がないことも、少年が重い病気だということも、どちらも悟られたくないらしい。
その気持ちは昴にも、大河にも、理解できた。

 明日は来るかもしれない、と、昴は言わなかった。
そうやって、あの少年も毎日を過ごしているのだろうから。

 玄関ホールのほうから騒ぎ声が聞こえたのはそのときだ。
昴も大河もハッと顔をあげる。
複数の女性たちが言い争っている声。
その中に、先日聞いた女性の声をききとって、二人は顔を見合わせた。

 

 

 

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