病院の怪談 7

 

 少年から借りた本を、昴は速読で読み進む。
本を渡した当の少年は、しばらく昴と本とを気にしていたようだったが、
昴が本を丁寧に扱っていることがわかると暇をもてあまして部屋を出て行ってしまっていた。

 少年との交流を深めようと興味のない本を借りた昴は、その中の挿絵にふと目を留める。
天使のような容姿の女の子が物語の中で重要な人物として登場していた。

 金の巻き毛の無邪気な少女。
彼女が病気になったとき、母親は寝食を忘れるほどに心配し、常に枕元につきそって少女を慰めた。
長い話の中、少女が病気になっているシーンはごく短かったけれど、昴は重要なヒントを得てキャメラトロンを手に取った。

 

 「じゃあ、あの女の子の正体は入院中の男の子なんですか?」
今は変装しておらず、通常のもぎり服を着た大河が昴に聞いた。
今回の集合場所は病院の会議室。
白衣のダイアナは首を傾ける。
「少年の、魂のようなものでしょうか……」
「魂であれば僕たちにももっとわかりやすかったのだろうけれど、おそらくあれは、少年を通して本のキャラクターを投影した、おそらく活動写真のようなものにすぎない」
大河は病院のカルテを手に取り、少年の顔写真を切ない瞳でみつめる。
「おかあさんがお見舞いに来なくて、きっと寂しいんですね……」
「彼女のようになりたいと、本を読んで強く願ったのだろう。少年が本を読んだ日だけ、彼女は現れる」
昴がそう言うと、大河はますますしょんぼりしてしまう。
「ぼく、彼のお母さんにお話をきいてきます」
「そうだな。それに今日は本を読んでいたから、きっと彼女もまた現れるだろう」

 

 会議を終えた昴が部屋に戻ると、少年に返すためサイドテーブルの上に置いておいた本がなくなっていた。
慌てて見回すと、同室の少女の一人がベッドの上に寝転がって、件の本を読んでいる。
「その本は……」
昴が取り戻そうと手を伸ばした時、大部屋の扉が開いて少年が現れた。
少年は昴の視線の先に気づくと、普段、強がって斜に構えている彼とは思えないほど素早く駆け寄り、少女から本を奪い返した。
「これは俺の本だ!」
「なによ、途中だったのに、貸してくれたっていいじゃない!」
大喧嘩がはじまるかと思ったが、少年は一切の反撃をせず、きゃんきゃん騒ぐ少女のすべてを無視し、本を大事に抱えると、自分のベッドにもぐりこんでしまった。

 昴はそんな彼の様子に、細く溜息を落とす。
めずらしく罪悪感を感じていた。
彼が本を大事にしている事はすでに承知していたのに、仲間達に事情を説明する事を優先し、本を置きっぱなしにしてしまった。
おざなりにしたわけではなかったけれど、他の誰かの目に止まらない場所に置くべきだったと。
布団に完全にもぐりこんでいる少年に、ベッドの脇から話しかける。
「ねえ」
返事はない。
「すまなかった。僕のミスだ。少し部屋を留守にしていたんだ」
今度は返事があった。
「借りた物はちゃんとしまっておけよ!」
怒りの篭もった声。
本を昴にあげる、などと言ったことなどすっかり忘れているのだろう。
昴は否定しなかった。
「君のいうとおりだ。でも本を読ませてくれてありがとう。最後まで読んだけれど、素晴らしい話だった」
「うそつけ、そんなに早く読み終わるわけない」
今度の声は怒りよりも不審。
昴は声に得意げな響きが加わらないよう気をつける。
「いいや、僕は速読法という、かわった本の読み方を教えてもらっているから、通常より少し早く本が読めるんだ」
そう説明してから、本の内容を最初から丁寧に話し始めた。
ただ暗記した物語を朗読するのではなく、感情を込め登場人物の気持ちを反映しながら。
――母親が子供にするように。

 話すうちに、ベッドの上の布団のかたまりがモゾモゾと動き始め、やがて彼の興味津々な瞳が覗き、ついにはベッドから身をのりだして、少年は昴の話に聞き入っていた。
いつしか少年だけではなく、部屋の中の子供達全員が昴のベッドの周りに集まり、昴の話す物語に夢中になっていたのだった。

 

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 うっかり、あげる、とか言っちゃって後悔した子供のころ。

 

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