病院の怪談 6

 

 翌日、昴、大河、ダイアナの三人はシアターで会議を開いた。
どうやら本当に「ゆうれい」が出るらしいこと。
それがいわゆる「亡霊」であるのかどうかは不明だけれど、
いまのところ人を驚かせる以外には無害であり、さらにはなんの気配もないこと。

 大河は一生懸命訴えた。
「あの子、影がなかったんです。やっぱり病院で死んじゃった女の子なんでしょうか……!」
昴は軽く首をふる。
「霊魂であれば、我々には何か感じることができるはずだと思う」
ダイアナも頷いた。
「そうですね。それに、金髪、巻き毛の女の子が死亡した記録はありませんでした。少なくともカルテの残っている三年間は」
「三年より前なんですよきっと!」
身を乗り出す大河に対して昴は冷静だった。
「少女のゆうれいが現れ始めたのはここ数ヶ月の事だぞ」
「いままでは何か理由があって出てこなかったんですよ!」
「理由って?」
昴とダイアナに見つめられ、大河は詰まった。

 何も思いつかないらしい大河に苦笑して、昴は立ち上がる。
「そろそろ僕は病室に戻らないと。入院患者が部屋に長時間いないのはよくないだろう」
「私は今夜当直ですから、大河さんが女の子を見た当たりを重点的に見回ります」
「ぼくはお休みだけど、見舞い受付時間の間はあちこち調べてみる」

 そんなわけで、三人ともそれぞれ病院に戻ったのだが、
昴は大部屋に入ったとたん、今までと雰囲気が違う事に気付いた。
入院患者よりも見舞いの人数の方が多かったからだ。
子供達の両親、兄弟、親戚、友人達。
なんとなく暗い雰囲気だった病室が、子供たちの笑顔のせいか、今は明るく輝いて見える。
昨日は平日だったため面会の家族がほとんどいなかったけれど、今日は違ったようだ。
ただ一人、昴のベッドの隣、黒髪の少年は一人本を読みながら横になっていた。
「やあ、今日は何を読んでいるんだい?」
「読んでない。眺めてるだけ」
昴が彼を見ると、少年はつまらなそうに本を置く。
「お前も見舞いが来ないのか?」
「ああ。君も?」
少年はしばらく昴を値踏みするように見つめていたが、視線を反らして話し出す。
「俺はもう入院して長いし、今更誰もこない。お前は昨日きたばっかりなのに誰も来ないなんて、家族に嫌われてるんじゃないのか?」
その言葉の内容はとげとげしかったが、昴は彼の言葉の裏側に今までになかった親しみが滲んでいるのを感じた。
それならば返事は決まっている。
できるかぎり彼に同調してやるべきだ。
「家族は僕の事など気にしない。入院したおかげで自由な時間が増えたと喜んでいるんじゃないかな」
「ふうん……」
気のないような返事だったが、そこには確かに仲間を得た喜びが滲んでいた。

 昴は思い切って声をかける。
「その本、読まないなら貸してくれないか?」
少年は本と昴を交互に見てからしばらく考え、それでも本を渡してくれた。
受け取って確認すると、少年が読むには少々対象年齢が高めの本だった。
「この本は図書室の?」
病院には簡易な図書室があった。
入院患者が退屈しないように、過去の患者が置いて行った本なども沢山ある。
そこから持ってきたのかと昴は考えたのだが。
「……それはママが持ってきたんだ」
「見舞いに来てくれているんじゃないか」
「持ってきたのは半年前。これを読んで暇つぶしをしなさい、難しいから一年はかかるはずよって」
少年は大人びた表情で口角を上げる。
「3日で読み終わった。何度か繰り返し読んだけど、もう暗記しちまったからお前にやるよ」
「飽きたのなら、また次の本をねだったらいいじゃないか」
「ママは俺なんかどうでもいいと思ってる。もう一ヶ月も会いに来ないし」

 昴は少年の本の表紙をそっと撫でた。
多少磨り減ってはいたが、美しさを保っていて、持ち主が大事にしていたとわかる。
やると言われたからと言って、ほいほいと貰えるものではないだろう。
「借りるよ。読み終わったら返す」
少年は昴の方を見なかったし何も返事を返さなかったが、彼の横顔が、幾分ホッとしたように見えた。

 

 

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もし昴さんが本当に入院したら、新次郎がつきっきりだ

 

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