病院の怪談 5

 

 大河は深夜の見回りに出ていた。
時間は丁度2時。
日本だったら丑三つ時と呼ばれる時間だ。

 真っ暗な廊下は、ところどころに足元用の小さなランプが燈るのみで、とても心もとない。
「……」
思わす口元を引き結び、及び腰になってしまう。
手もとの懐中電灯が唯一の心のよりどころだったが、照らす範囲が限られているそれは、一瞬後に何を映し出すのかすらわからず、想像力をかきたてられて、かえって不安な気持ちになってくるのだ。

 「ダイアナさん、すごいなあ……」
見回りに行く前、ダイアナは、初めてだから一緒にいきましょうかと言ってくれた。
断ったのは大河自身だ。
「いつもこんなの一人でやってるなんて……」
空調の低い音が、時折不規則に響き、その度に大河は驚いて、涙目になってしまうのだ。
自分の足音が反響して、何人もの足音に聞こえる。
角を曲がれば、そこは小児病棟へと続く廊下。
早く昴の近くにいきたくて、大河は早足に廊下の角へと近づいた。
その時。

 「……?」
懐中電灯の狭い明かりに照らされて、何かが動いた気がした。
気のせいだと自分に言い聞かせながら恐る恐るもう一度明りを向ける。
しかし何かが動いたと感じたのは気のせいなどではなかった。
小さな女の子が角をまがったところに立っていた。
金髪、天使のような巻き毛。
一瞬で大河には、噂の女の子だとわかった。
ゆうれいかもしれないと、瞬間恐い気持ちが涌いたが、すぐに消え去る。
彼女にはきちんと足があったから。
なにより、やはり変な気配はしない。
ごく普通の女の子だ。
彼女はほんの数瞬大河を見つめていたが、すぐに廊下のタイルを跳ねるようにして遊びはじめた。
大河の事はまったく気にしている様子がない。
少女の動きは素晴らしく軽く、足音はまるで聞こえなかった。

 大河は不自然にならないよう、速度を変えずに近づいた。
少女は遊びを邪魔されたと思ったのだろう、少し不機嫌そうに振り向く。
「なにかよう?」
その声もごく普通の女の子のものだったので、大河は内心大いに安堵した。
「あ、あのね、君、ここでなにしてるの?」
「みてわかんないの? 遊んでるの。だってみんな寝ていてつまらないもの」
「君も、もう寝たほうがいいんじゃないかな」
大河は、こくんと唾を飲む。
すぐ近く。
気づいてしまった。
懐中電灯で照らした彼女の、その足元にも、背後の壁にも、影がない。
指先がかすかに震えた。
「……寝ないと、病気が治らないよ?」
少女は大河の言葉をつまらなそうに聞き、ふいと廊下の先を眺めた。
大河も釣られてそちらを向く。

 何もない。
「ね、部屋まで送ってあげ……」
視線を戻した時、すでに少女の姿は煙のように消え去っていた。

 

 「す、す、す、昴さん……!」
プチミントで看護婦姿の大河は、半べそをかきながら昴のベッドに駆け寄った。
「ばか、子供たちが目を覚ますぞ」
「だって、だって……!」
「わかった、わかったから、とりあえず外に出よう」
昴は起き上がり、大河と一緒に大部屋を出た。
入院患者用の休憩所に座り、紙コップに水を満たしてわたしてやる。
「ほら」
大河はその水を一気に飲み干すと、さっきあった出来事を身振り手振りで話し始めた。

 「ふうん、廊下にねえ」
「ほ、ほんとですよー!」
「うるさいぞ、声を小さくしろ」
「だって……」
「誰も嘘だとは思っていない。ベッドには何も異変がなかったのだけれど……」
「あの子、なんなのでしょう。やっぱりゆうれい……?」
恐がっている様子の大河を見て、昴は苦笑した。
彼だって、特殊な能力を持っているのだから、多少なりとも人の気配には敏感なはずなのに、深夜の見回りが恐いなんて。
「そうかもしれないし、違うかもしれない」
いずれにしても、一泊だけで解決して帰るなど、到底むりのようだった。

 

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昴さんにすがる新次郎。

 

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