病院の怪談 3

 

 「いやー、シアターの女優さんが二人も働いてくれるなんて、俺もいい病院につとめたなあ」
「い、いえ……、単なるお手伝いですから……」
医師のデレデレとした表情から視線を反らし、大河――今はプチミント――は頬を染める。
それが奥ゆかしく見えるのか、若い医師はますます鼻の下を伸ばした。
「手伝いでも助かるよ。急に人が減っちゃったからさ。いやー、それにしても、ダイアナくんもそうだけど、白衣が金髪に合うなあー」
これは、かつらなんですよ、と大河は喉まででかかった言葉を飲み込む。
「あの、ぼ……わたし、患者さんの様子をみてきます!」
大河はカルテを抱えたまま小走りに廊下をかけた。
カルテと言っても、大河には病気の詳しい事などわからないから、あくまでも、患者の名前を確認したりするだけだけれど。
看護婦の靴は、いつも大河が履いている革靴に比べたら、女性用で少々歩き難かったけれど、見た目よりもずっと実用的だったので、プチミントのかかとが高い靴よりは断然動きやすい。

 小児病棟まで走り、そっと振り返って、医師がついてきていない事を確認する。
「ふー、お医者さんなのに、ぼくが男って、わからないのかな……」
安心すると同時に、やはりちょっと不満だ。
潜入捜査の前に、杏里とプラムが気合を入れてメイクや衣装を整えてくれた。
彼女達の苦心の結果である自分の姿を見下ろすと、看護婦の真っ白いスカートが目に入って嫌な顔をしてしまう。
「昴さんの看護婦姿がみたかったよ……」
まさか自分の方がこんな格好をするはめになるとは思いもよらなかった。

 ダイアナは、やめてしまった看護婦や医師たちの代わりに、忙しく患者を診て回っているので、大河は一人、病院を満遍なく確認していくことにした。
まずは、元凶であるという小児病棟。
昴もそこに「患者」として潜入しているはずだ。

 ダイアナが、不審な少女を見たという、小児病棟の大部屋へ向かう。
部屋の横にあるネームプレートを確認すると、予定通りそこには「SUBARU KUJYO」の文字。
今日退院した一人と入れ替わりに昴が入室していた。
胸に手を当て深呼吸してから大河が大部屋に入っていくと、子供たちがいっせいに振り向く。
手前のベッドに昴の姿を見つけ、大河は一瞬声をかけそうになったが、昴が完璧に無視したので思いとどまった。
昴は、正体がばれないように、同時に幼さを強調するように、髪をツインテールに結び、細いフレームのめがねをかけていた。
かわいらしいピンクのパジャマも着ている。
どこからどうみても、10歳程度のかわいらしい女の子にしかみえない。
「こんにちはー、はじめまして。プチミントです。よろしくね」
初めて見るスタッフに、子供たちも興味しんしんだ。

 「具合が悪い子はいない?」
大河は素早く、カルテの名前とベッドの顔を見比べる。
この部屋の子供達の名前だけは完璧に覚えなければ。
真剣にカルテを見ていると、ふと制服のスカートを引かれた。
「看護婦さんは、いつも熱と脈を計るのよ」
茶髪のストレートヘアを胸の辺りで切りそろえた少女が、プチミントに教えてくれた。
大河はすぐに名前を確認する。
「そうだね。でも、ぼ……わたしは、看護婦さんじゃないから、みんなとお話したりするだけなんだ」
「えー、看護婦さんじゃないの?」
「見習いだろ」
「熱もはかれないのかよー」
周囲の子供達が口々に喋り始めたが、内容のわりに口調は明るく、悪意はないようだったので、大河も笑った。
「見習いでもなくて、お手伝いなんだ。お手伝いが熱を測ったら、看護婦さん達の仕事がなくなっちゃうよ」
「じゃあ、あなたは何をするの?」
その部屋で一番年下に見える、スパニッシュ系の男の子が聞いてきた。
大河はその子のベッドに腰掛ける。
「なんでも! 何かしてほしいこととか、困った事とか、ないかな?」
すると彼は、もじもじしながらも本を差し出した。
ハードカバーの絵本は、表紙が真っ青で、中央にクリーム色の小鳥の絵。
「あのね、今日はママ、こられないんだ。ちょっとだけ、読んでくれない?」
「あー、ずるいぞ!」
「わたしにも読んでー!」
口々に子供たちが希望を述べたので、大河は順番にベッドを回り、彼らの望みをかなえてやった。
子供達はみな、親元を離れて入院していたので、こんな風に優しくしてくれる存在に飢えていた。

 

 ベッドに上半身を起こし、腰の部分にクッションをあて、壁に寄りかかる姿勢で昴は本を読んでいた。
表紙は子供向けのものだったけれど、中身は精神科の医学書。
子供達の様子を注意深く観察し、プチミントが子供の世話を心底から楽しげにやっているようすを微笑ましく見守る。
「今、笑ったね」
昴がハッと顔をあげると、部屋の中で唯一、プチミントに何も要求しなかった、黒髪の少年が傍に立っていた。
「その本、面白いの?」
「本じゃなくて、あのお姉さんが、面白いから笑ったんだ」
「ふうん、確かに、ちょっと面白いね」
今、プチミントは、茶髪の女の子の髪を梳かしてやり、少女の語る将来の夢について色々会話をかわしている。

 昴は話しかけてきた少年を観察した。
事前に読んだ資料を頭の中で反復する。
この部屋で一番年長の彼は、もうこの部屋に3年いるという話だ。
遠方に住む両親は、経済状況が苦しく、めったに見舞いに来ない。
「君は、彼女に何もお願いしないの?」
昴が聞くと、少年はちょっと首をかしげる。
「お願いする事なんて何もないし、あったとしても、彼女にはかなえられない」
言葉には絶望や悲しみもなく、ただ、事実だから、そう述べただけに見えた。
少年はそれだけいうと、ベッドには戻らず、部屋を出て行ってしまった。

 

 

 

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子供のふりをする昴さんは完璧に違いない。

 

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