病院の怪談 1

 

 ダイアナはその日、研修医としての仕事の為、病院に来ていた。
昼はシアターでの仕事、夜は研修医としての夜勤で、その日のダイアナはすっかり疲れ果てていたけれど、彼女はもうかつての弱々しいダイアナとは違っていた。
「がんばるのよダイアナ! あと3時間!」
翌日は休日だったので、残りの時間もそれほど苦痛ではない。

 懐中電灯を持ち、カルテを脇に挟み、ダイアナは病院の広い廊下をひとり歩いた。
夜勤の担当は、看護婦が一人と研修医であるダイアナ、それに医師が一人しかいない。
看護婦とダイアナが、夜中の0時と3時にそれぞれ見回りを担当していた。
深夜の病院はとても静かで不気味に暗く、普通の人間ならあまり歩き回りたくない環境だった。
実際、もう一人の夜勤である看護婦は、見回りの時間が近づくと涙目になってしまう。
特に3時の見回りには行きたくないと切々と語るので、ダイアナはすすんでいくようにしている。
白人の中でも特に色が白く、金髪に碧眼、おっとりとした容姿は、かよわい乙女という言葉がまさにしっくりくるダイアナが、暗闇の病院を歩く事を怖がらないので、彼女を知る病院関係者はみんな感心していたのだが。
けれどダイアナ自身は夜中の病院に恐怖を感じたことがなかった。
彼女の特殊な能力によって、そこに、「何か」が、あるのかどうかはちゃんとわかったからだ。

 今日もダイアナは迷う事なく廊下を進んだ。
肉体的な疲労以外に、何も苦痛は感じない。
空気は清浄だし、不審な影は何もなかった。
もしも他の担当だったなら、自が生み出した妄想による恐怖で、闇の中の空気は生ぬるく淀んでいて、振り返れば誰かの気配を感じると言ったかもしれないけれど。

 小児科の大部屋の前で、ダイアナはカルテを確認する。
今、小児科の大部屋に入院している児童は五人。
六人部屋なので、空きベッドは一つしかなかった。
幼い子供たちが入院を強いられていると思うと、ダイアナの心はいつも締め付けられた。
だからいつも、時間の許す限り、ダイアナは子供たちとの交流を惜しまない。
入院中の彼らを起こさないように、ダイアナは細心の注意を払って扉を開いた。

 広い部屋の左右に、ベッドが三つずつ並んでいる。
手前のベッドからダイアナは確認していった。
子供達の寝顔を見ると、自然にダイアナの顔がほころぶ。
一番奥、右側のベッドは空きベッドのはず。
だから素通りしようとして、ふと、足を止める。
気のせいだと思いつつ振り返ると、あいているはずのベッドには丁度人間一人ぶんの膨らみがあった。
まばたきをして、他のベッドを照らす。
1・2・3・4・5……。
確認しながら数を数えた。
間違いなく、残りのベッドには子供たちが眠っている。
カルテを照らし合わせて顔も確認したから間違いない。

 ダイアナはそっとベッドに近づくと、膨らんでいる布団にライトをあてて観察した。
ゆっくりと、かすかに、布団は上下動をしている。
すっぽりと布団にくるまっているので見えないが、中に誰かがいるのは間違いない。
誰かを呼ぼうか迷ったが、膨らみの大きさからそれは間違いなく子供のものだったので、大げさにはしたくなかった。
ダイアナの予想では、それは入院患者の一人である少女の兄だった。
彼は今までも、面会時間ではない時刻に何度か病院に侵入している。
父親はなく、シングルマザーである母はハーレムで「夜の仕事」をしていた。
昼間は眠っている母を家に残し、大事な妹を見舞う為に、兄である少年は給食の残りなどをこっそり持ち込んでは医師に叱られていたものだ。
きっと、夜の家でひとりになってしまうことが寂しくて、妹の病室に侵入したのだと、ダイアナはそう考えた。
起こしてしまうのは本意ではなかったけれど仕方がない。
慎重に布団をめくる。

 そこに眠っていたのは、透けるように白い肌の――おそらく――少女だった。
くるくる巻いた金髪は、細くやわらかく、ダイアナの呼吸のわずかな空気のゆらぎに負けてかすかに震えている。
「まあ……」
まったく、見覚えのない子供だった。
年齢は10歳に満たないだろう。
天使のような容貌の子供は、布団をめくられたのに身じろぎ一つしない。
ダイアナはどうするべきか迷い顔をあげる。
とりあえずこの子はここに寝かせたまま、看護婦と医師、それに警備室にも連絡をするべきか、
それとも一旦この子を起こして、一緒に休憩所に戻るか。
思案していたのは数秒だった。
――けれど。

 さあ、と風が動いた。
窓は閉まっていたのに、ダイアナの髪が乱れて舞った。
声を出しそうになるのを堪え、髪を押さえてベッドを見ると――。
「えっ……」
そこにはすでに子供の姿はなく、慌てて周囲を照らしても、動くものの気配はなかった。

 

 

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最後がまとまらなくてしまっていた話ですが、なんとかなりそうなので発進。

 

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