楽園の華 エピローグ

 

 眠ったままの女子高生たちはサニーサイドが素早く手を回し、秘密裏に病院へ運んだ。
検査の結果、やはり彼女達には特になんの異常もなく、ただ健康であるという事実しか出でこなかった。
この女の子たちがどこで見つかったのか、今まで何をしていたのか、本当の事をいうわけにはいかない。
彼女たちは翌朝揃って目を覚ましたが、稲荷狐が言っていたように何も覚えていなかった。
ただ、安穏とした夢を見ていたような気がすると、一番長く行方不明になっていた少女は少し幸せそうに語った。

 彼女たちはすぐ両親の元に返されたが、家族への説明はサニーサイドがかなり強引に行ったようだった。
大河も昴も詳細は聞かなかったけれど、話し合いが終わった後、首をかしげながら会議室から出てくる家族たちを見かけた。
みんなあやふやな表情で、わかったようなわからなかったような表情。
昴はどうせ意味などないのだからやめておけと言ったのだけれど、大河はどうしても気になって、上司にどうやって家族に説明したのか聞いてみた。
サニーサイドいわく、
「彼女たちが行方不明になっていた間の事を念入りに調査した結果、三人とも健康で健全な場所で穏やかに過ごしていた事は間違いない。具体的な事はミステリーに包まれているけれど問題ない、ってね。だって娘の帰還は最高のサプライズだよ。多少不思議なことがあったって終わりよければすべてよし、人生はエンターテイメントさ! そう伝えてあげたんだよ」
ということで、昴の警告どおり、大河にもさっぱりわからなかったのだった。

 三人の少女はそのまま学校に戻るのが理想ではあったけれど、事を秘密のうちに処理するため全員転校することになった。
大河と昴が潜入していた事件現場でもある学校の生徒たちは、三人の女生徒が戻ってきた事を知らされないままだ。

 「みんなやっぱり何も覚えていなかったよ」
プチミントの格好で制服を着た大河は、稲荷神社の掃除をしながら入り口に並ぶ二匹の狐の置物に向かって話しかけた。
「でも具体的には覚えていなくても、なんとなく、夢の中のことのようには覚えてるみたいだった」
コップに水を注ぎ、それから周囲をきょろきょろ見渡してから、制服の内ポケットを探り小さな小瓶を取り出す。
「ちょっぴりだけど、日本酒。お酒を持ってきたのバレたら、ぼく退学だよ」
えへへ、と笑って、大河は小瓶のふたをあけて水のグラスの隣に並べた。
その後ろから小柄な人物が近づき、大河の顔を見上げる。
「退学にならなくても、今日で学校に来るのもおしまいだろう」
「そうですけど、きれいにお別れしたいですし」
「まあね」
昴はカバンから弁当箱を取り出すと、ふたをあけて大河の供え物の横に並べた。
「それなんですか?」
大河が覗き込むと、キツネ色の懐かしい食べ物が詰まっている。
「あぶらあげ?」
「うん。豆腐は過去に作ってもらった事があるから、ま。応用だね」

 なんとなく大河がうらやましそうにしているのを察して昴は苦笑する。
「君の分もちゃんとある。今夜は豆腐と油揚げの味噌汁だ」
「えっ、本当ですか? やったあー!」
質素な夕飯なのに、油揚げと聞いて目を輝かせ、その場でジャンプして喜ぶプチミントを見て、昴は彼がお稲荷さんのようだと思った。
そして神社に並ぶ陶器のキツネを見る。
以前のように気軽に触れたりはしない。
たとえたいした力は持っていなくとも、神に対する礼儀をもって接するべき時だった。
「あなたたちが快適に暮らせるよう、ここの校長にかけあった。日本に戻りたいのであればそれも考慮する。しかし僕たちの調査では君たちの離れた土地はすでに他の土地神が受け持っているようだった」
プチミントも頷いた。
「ここに残るなら、ちゃんと毎日お掃除して、お供え物もするって。和食はめったにないかもしれないけど……」
「校長の代替わりの際にも必ず引き継ぐようにと伝えたが、人の寿命は短く、記憶や約束も薄れていく……。この学校も永遠に続くわけじゃない。それでもここに残る意思があるなら僕たちの供え物を受け取ってほしい」
それを聞いて、プチミントは驚いたように振り返る。
「えっ、じゃあ、ここに残らない場合はお稲荷さんたち、油揚げを食べちゃダメなんですか?!」
そんなひどいことをよく提案するものだ、と言いたげな表情に、昴は思わず笑ってしまった。
「供え物は土地を守ってくれる神に対する報酬だからね」
「で、でも、ちょっとぐらいは……」
「いいから、ほら、もう帰るぞ、ちゃんと礼をして」

 大河は自分がお預けを命じられた子犬のような顔をしたまま、きちんと拍手と礼をして稲荷神社を離れた。
中庭を横切りながら、いつまでも時折振り返ることをやめない大河の手を握り、昴は小声で告げる。
「彼らはおそらくここに残る。かわいそうだから日本に帰る場合でも油揚げを一枚だけたべていいですよ、なんてケチくさい提案はしなくていいんだ」
「あ、そっか」
とたんに女装した大河の顔に笑みが戻る。
それで昴もホッとできた。
「土地神は土地と信仰がなくては生きていけない、とても儚い存在なんだ」
同時に、恐ろしい力を発揮する存在でもあったのだけれど、これは黙っている。
どちらにしろ、ここではたいした信仰も得られないし、守るべき土地も小さな中庭だけ。
「それでも、もう守るべき土地のない日本に戻るよりはずっとましなのさ。土地を守ることが彼らの存在している理由だからね」
自分の言葉を反芻し、昴は目を伏せた。
土地神たちの単純な存在理由。
自分が生きる理由はもっと単純だ。

 手をつないでいる相手を想う。
彼のために自分は。
生きる意味を急にはっきりと認識したように思えて、昴は突然胸が苦しくなった。
喜びのあまり息が詰まる。
「あれ? 昴さん大丈夫ですか?」
昴が急に胸を押さえて歩みを止めたので、大河が不審がって振り返った。
「大丈夫。とても重要で、嬉しい事に気づいたから」
「えっ、どんなことですか?」
興味津々で聞いてくる大河に、昴は心からの笑顔を向けた。
「ひみつだ」
「ええー」
不満そうな声を背中に受けながら、昴は稲荷神社から遠ざかる。
狭い土地、わずかな信仰であっても、それらを得た今、キツネたちは今の自分と同じように、喜びを感じているだろうと確信しながら。

 

 

 

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実は最初の段階では女子高=楽園というプロットでした。

 

 

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