楽園の華 18

 

 二匹の狐と大河と昴は、道を戻って女子高生たちの暮らす屋敷へと向かった。
稲荷狐はみなをその場にまたせ、一人家の中へ入る。
彼が戻ったのはほんの数秒後だった。
「今日までの礼を言ったのだ。それと侘びを……」
大河と昴が顔を合わせ、屋敷の中を覗いてみると、女子高生たちが畳の上で倒れている。
あわてて大河が駆け寄ると、彼女たちはすやすやと気持ちよさそうに眠っているだけだった。
「この娘達には、おそらく夢の中の出来事のようにしてしかここでの事を覚えていられないだろう」
「ぼくたちも、ここのことや、あなたたちのことを忘れてしまう?」
大河が聞くと、これには妻である狐が答えた。
「いいえ、あなたたちは強力な霊力の持ち主だから、簡単には忘れたりはしないでしょう。忘れたいのなら協力するけれど」
「い、いえ、忘れたくないです」
変なことをされて、大事な記憶まで消されてしまっては大変と、大河は必死で首をふった。
昴も苦笑している。

二匹の狐は力を合わせ、大河と昴、それに女子高生三人を、玉の中の世界から現実世界へと送ってくれた。
大河が光の渦の中に身を投じると、世界が虹色に輝いて、上も下も右も左も一瞬のうちにわからなくなってしまった。
自分がどこにいるのか、浮いているのか立っているのか、目を開けているのか閉じているのかもわからない。
パニックになりそうになって大声を出した瞬間、足が柔らかなものに触れた。
「あ……」
気づけば、夜の学校の中庭、池のほとり、芝生の上に大河は立っていた。
プチミントの格好のままだったので、髪は乱れてスカートはめくれてしまっている。
ぱんつが見えそうになっていたのであわてて直し、周囲を見渡した。
あたりは真っ暗で、中庭には月明かりしか届いていない。
月光に照らされて池が銀色に輝いている。
よく見れば小さな地震のあとのように、池では細波がそこかしこで起こり、メダカやカエルが時折驚いたように水面から飛び跳ねた。
さらに目を凝らすと、芝生の上に三人の女子高生が倒れ、すぐ横に昴がしゃがみこんで彼女たちの様子を確認しているのが見えた。
「昴さん!」
走りより、自分も女の子たちの状態を調べる。
彼女たちはぐっすり眠っていたけれど、脈も呼吸もしっかりしていた。

 「これからどうしましょう」
彼女たちは行方不明になっている間の記憶がない。
一番長い子で三年だ。
成長期なのに肉体的にはまったく変化していないし、不審に思われるのは間違いなかった。
「ややこしいことはサニーサイドがなんとかするだろう」
昴は立ち上がり、大河も立ち上がれるように手を貸した。
「それよりも……」
背伸びをして、大河の顔を抱え込む。
「君が無事でよかった。何年も行方不明のまま、なんて事になったら、僕はこの学校ごと稲荷神社を破壊していたかもしれない」
「ま、まさかぁ……」
まさか、と言ったものの、昴が本気であることは、恋人である大河が一番よくわかっていた。
「でも、ぼくも、昴さんが閉じ込められてたら、同じようにするかもしれないです」

 彼がそんな乱暴な手段をとるとは到底思えなかったのだけれど、昴は素直に頷いた。
「ありがとう」
月光のしたで口づけ、笑みを交わす。
長く密着して相手を確認したのち、あわせていた視線をゆっくりと稲荷神社へと向ける。

 社は初めてここへ来たときと変わらず、古く、小さく、けれども威厳のある姿で、月光の元、静かに佇んでいた。
ただその小さな建物の中心に、今は白い狐の置物が二つ、向き合って背をそらし尾を高くして座っていた。
片方の狐の口には青いビー玉のようなガラス球。
昴と大河は目を見交わしてから、しっかりと手をつなぎ、しばらくその狐の置物たちを見守っていた。

 

 

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新次郎だってやるときはやってくれると思うのですが。

 

 

 

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