恋人の時間 

 

 昴さんとボクがベンチでそれぞれのパートナーの買い物を待っている間に、へんな男たちがボク達をナンパしてきた。
「二人とも、暇なら俺らと遊ぼうぜ」
「暇じゃない。とっとと失せろ」
ありゃりゃ。昴さん、超そっけない。
「じゃあ、そっちの君だけでも」
ボクだけ!?
そしたら今度もまた昴さんが、
「彼女は僕とデート中だ」
なんていうんだよ!
「ええーっ?!」
あ、しまった。ボクまで驚いちゃった。

 「いーじゃん、ちょっとだけだからさ、ゴハンおごるぜ?」
それでもいなくならないその人たちに向かって、昴さんはシッシッと、手の平で虫でもはらうみたいにしてた。
でもやっぱりあっちにいかないし、ボクがハラハラしてきたその時。
「うぎゃー!」
ボクたちに絡んでいた男の人の一人が悲鳴をあげた。
頭にジュースのカップがみごとに命中してる。
ただでさえ、すごくごつい顔なのに、もう大変な形相。
あ、あれだ。日本でいう、カニの形相ってやつ! あれ? ちがったかな、オニ? アニ?
なんて考えている間に、そのままのカニの顔で、二人組は怒鳴った。
「誰だ!」
新次郎がやったのかな? と思ったら、ボクのこと、すきって言ってくれたあの人だった。
「ジェ、ジェ、ジェミニさんから離れろ!」
かっこいい事言ってるんだけど、足がぶるぶるしてる!
「なんだと?」
対するカニさんはすっごく低い声で、こういう喧嘩はお手の物って雰囲気だ。
「ひゃっ!」
一方、ボクの彼は、脅かされたらその場にピョンと飛び上がった。
でも上に飛び上がっただけで、後ろには逃げない
無理しちゃだめだよ。怪我したら大変だもの。
ボクが立ち上がろうとしたら、腕がひっぱられて立てなかった。
昴さんが、ボクの手首を掴んでいたんだ。
「もうちょっと様子を見よう」
「で、でも」
様子なんかみてたらやられちゃうよ。
ボクが、昴さんと、今にも喧嘩がはじまりそうな現場とを交互にみていたら、そこに新次郎が走ってきた。

 「どうしたの?」
暢気な態度にボクはつい笑っちゃった。
でも、たちむかっているボクの彼は真剣な声。
「シンジロウ君、君は彼女達を連れて逃げるんだ!」
「へ?」
「お、俺が! く、く、く、食い止めるから!」
声もぶるぶるしてる。
でもすごい。
怖いのに、彼はがんばっているんだ。
ボクたちのために……。
それなのに新次郎は相変わらず暢気なまま。
「このひとたちって悪い人たちなのかい?」
なんちって。
当然「悪い人」とか言われた男の人たちはますます怒る。
「なんだと、コラ。食い止められるならやってみろ!」
大男の、ぶっとい腕が振り上げられる。
ボクのパートナーは首をすくめて頭を抱えた。
でも、男の腕はいつまでたっても振り下ろされなかった。

 「何があったのかわからないけれど、こんな場所で暴力はやめて下さい。女の子も見てるし」
「新次郎!」
ボクは思わず立ち上がっちゃた。
新次郎が、男の手を掴んでる。
両手で持ってたジュースは、片方の手で器用に抱えて。
新次郎がそんな態度なものだから、男達はどんどん興奮してきた。まあそりゃそうだよね。
「邪魔するな!」
殴りかかってきたもう一人の大男を、新次郎がひょいっとよけたもんだから、勢いのついた男の人はそのままゴミ箱に頭から突っ込んだ。
「野郎!」
もう一人もつかまれた腕をふりほどいて、すごい勢いで襲い掛かってきた。
今度も新次郎はあっさりよけた。
ゴミ箱じゃなく、頭をベンチの隙間に突っ込んだ男の人はお尻をつきだした格好で動かない。
あーあ……、新次郎に勝てる人はめったにいないよ。
ボクだって勝てないんだから。
でもあの男の人たちはそんな事知らないし、思いっきり襲い掛かってきたんだね。
「はい、昴さん、ジュース」
「ああ、ありがとう」
新次郎はにっこにっこしたまま、持ってたジュースを昴さんに渡した。
ボクのお相手の人は、ぽかーんと新次郎を見てる。
「お、俺……」
ボクは立ち上がって、彼の肩を叩いた。
「怪我、してない?」
「うん……」
なんだかすっごいしょげちゃってる。
まあ気持ちはわかるよ。
新次郎って、全然強そうに見えないし、その新次郎に助けてもらっちゃったし。
「ね、もう一回ジュース買って来ようよ!」
ボクはそう言って、彼の手をとる。

 手を握ると、彼の手がすごく冷たくなってて、まだぶるぶる震えているのがわかった。
普通の人は、そうだよね。
ううん、この人は普通の人じゃない。
とっても怖かったのに、ボク達の為に、勇気を出して、敵わない相手に立ち向かってくれたんだ。
ちょっとお調子者だけど、すごく勇気があって、すごく優しい人。
ボクは彼と手を繋いだまま、ジュースパーラーまで一緒に歩いた。

 ――でも、手を繋いで、ボク、わかっちゃったんだ。
さっき彼以外の人と手を繋いだ時と全然違ったから。
ドキドキもワクワクも、なにもなかった。
やっぱり、ボク、好きな人がいる。
そしてそれは、この人じゃないんだ……。

 

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新次郎は避けただけ。

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