恋人の時間 

 

 昴さんと新次郎は、ボクたちの前を歩きながら、楽しそうに会話してた。
ボクのお相手の人も、一生懸命お話してくれるんだけど……。
彼の話題は、持ってる車の話とか、ブランドの服の話とか、ボクにはさっぱりわかんない。
車には興味ないし、服もよくわかんないんだ。
普通の女の子なら興味あるのかな。
ううん、ボクだって普通の女の子なんだけど、ほら、サムライの事とか、馬の事とか、そういうお話の方が面白いと思うんだよね! なんたってワクワクするもん。
「そういえばジェミニさん、今日はいつもと雰囲気の違う服だね」
新次郎や昴さんみたいに、誉めてくれるかも、って思ったんだけど。
「でもジェミニさんは、もうちょっと活発な服の方が似合うかな。色も暖色の方がいい」
ニコーっと自信たっぷりに言うんだ。
「そ、そうかな……」
「こんど、俺が選んであげるよ」
「う、うん。ありがとう……」
彼はファッションにも詳しいみたいだったし、着ている服もかっこよくて高そうだったから、多分彼の言う通りなんだ。
でもボクが本当は喜んでいない事が、きっと彼にもわかったと思う。

 なんとなく気まずい空気になっちゃったせいか、ボクのお相手はさっきより一生懸命喋ってるけど、やっぱりボクにはわかんない話ばっかり。
溜息が出そうになった時、新次郎が振り向いた。
「ジェミニジェミニ! あそこみて!」
「え? わあー!」 
新次郎の指差す先に、子馬がいたんだ!
「行ってみようよ!」
あっ……!
新次郎が、ボクの手をぱっと掴んで走り出した。

 新次郎の手。
ボク、いま、新次郎と手を繋いでる!

 短い距離だったし、新次郎はへんなこと、何も考えてなかったんだろうけど、ボクにはすごいことだった。
子馬の隣にいた飼い主の人と、新次郎は言葉を交わしてる。
でもボクはそれどころじゃなくなっちゃったんだ。
心臓がバクバクして、頭が真っ白!
あとからゆっくり歩いて来た昴さんと目があった。
昴さんは、ボクと新次郎が手を繋いで走ったことをなんとも思ってないみたいだった。
子馬の背中をなでてあげて、新次郎と話をしてる。
そうだ、子馬! 子馬を見るために走ったんだった。
栗毛の馬はすごく優しい目をしてて、ちょっとラリーに似てる。
だから、ボクのお相手の人に、ボクのラリーにそっくりだって教えてあげようと思ったんだけど。
「噛み付かない?」
ありゃ、子馬が怖いのかな。
ちょっと離れた場所で立ち止まってた。
新次郎が彼の所に戻って、大人しいし噛み付かないから、怖くないですよ、とか、話しかけてたよ。
あらら、ボクのときみたいに手を繋いで連れてきちゃった。
新次郎はすごいな、すぐに誰とでも仲良くなれて。
話しているうちに、馬と馬の飼い主さんは手を振って散歩の続きにでけかちゃった。

 「ジェミニ」
馬の飼い主さんに手を振りかえしながらボクがぼーっとしてたら、昴さんが振り向いた。
「自分の気持ちをちゃんと確認するんだよ」
小声で、さっと耳元に囁いて、今度はボクと彼との後ろについた。新次郎も当然昴さんと一緒にボクたちの後ろ。

 自分の気持ち、か。
デートを始めなかったら、きっと昴さんの言ってる事の意味がわかんなかったと思う。
ボクは新次郎が好きだったけど、ずっと前に諦めたし、告白してくれた隣の人を、好きになれると思ってた。
いい人なのは間違いないと思う。
……でも。
「ジェミニさん、何か飲みませんか?」
「あ、う、うん」
眩しい白い歯。
「昴さんと新次郎くんにも買ってくるよ」
そう言うと、ボク達をベンチに座らせて、売店に走っていっちゃった。
やっぱりいい人なんだろうな。
どこにでもいる、普通の男の人なんだ。
かっこよくて、お金も持ってて、普通に優しい男の人。
でもボクは……。
「昴さん、ジェミニ、ぼくも行くよ。一人で四人分の飲み物、持ってくるの大変だから」
新次郎は彼のあとにくっついてった。

 残されたボクと昴さんは、ベンチに座って二人が買い物する様子を眺めてたんだけど……。
「よう、お二人さん、かわいいね」
二人組の男が話しかけてきたんだ。

 

 

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新次郎は色々普通じゃないんだな。でっかい男よ。

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